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2012年01月14日

達人は打たれ弱い?◆達人とは?◆フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ

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格闘家の平直行さんが、
マンガ家の板垣恵介さんと「達人とは?」というテーマで
対談していたのを読んだことがあります。


お二人とも、雑誌の取材等で
達人といわれる武術家と
多数交流があるそうです。


平さんがいっていた言葉で
興味深かったのは、

「達人って打たれ弱いんじゃない?」ってこと。


僕は、平さんがいったこの言葉が、
「達人」の本質を突いていると思うのです。


武術の達人は、格闘技としての
練習をしていないから、
打たれることは想定していない。

リング上で、ゴングがなったら
格闘家の圧勝だろう、と。


なるほどな、と思います。

だから、一般人が時々聞いてくる
「武術の達人と格闘家はどっちが強いか?」って問いは
ナンセンスなのです。

比較の対象として、つりあっていない。

発想の根本が違うのですから。


武術の達人って、
誤解を恐れずにいうと
「いろんな意味で頭の回転が速い人」だと
思うんです。


打たれ強さは関係ない。


武術の達人は基本的に
「不意打ち」を使います。


宮本武蔵の戦闘法なんて、
卑怯、不意打ち、だまし討ちですもんね。


以前、刃物を持った中学生が
バスジャック事件を起こしたことがありましたよね。

「あなただったらどうする?」と
マンガ家の板垣さんが武術の達人たちに
聞いてまわったそうです。


忍術で有名な初見良昭先生は、
「乗客全員がその場でウンコしちゃえばよかったんじゃない?」と
仰天するような回答をしたとか。


初見先生独特のユーモアもあるのでしょうが、
確かに、相手のド肝を抜く意味では
効果的な手法でしょう(笑)。

というか、いかにも達人の発想だと僕は感心しました。


相手の意表をつくのは、
殺し合いとか護身という観点でみれば、
基本中の基本です。


武術の達人とは、
「相手の意表が突ける人」、
といえるかもしれません。



武術の達人ってどんな人なのでしょう?


僕の目標が「達人になること」なので、
達人って何?ってよく自問自答するんです。


「達人」ってどんな人、
どんな境地だと思いますか?


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posted by そうたろう at 17:57| Comment(15) | 本当の護身術とは? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
平氏ですか。どうも平氏はわたしの先生とも交流があるみたいです。

初見先生、なかなかすごい発想ですね。
ただ、「みんなで」、っというのは難しそうですが。

手塚治虫のマンガ、「陽だまりの樹」で、主人公のひとり、万二郎が、決闘の場で、どうしても小便をしたくなり、決闘の最中に本当に小便をしはじめ、腕は上級のはずの相手がかっとなって、手元が狂って負けてしまう、というのがあったのを思い出しました。万二郎は、達人というより、いわば天然なのですけど。

太極拳では、打たれ強いというのかどうか、蹴られても全く平気という方もいらしたらしいですが・・・
まあちょっと、どういうレベルなのか、わたしは経験していないのでわかりませんが。


わたしのイメージ的には、意表を突く、ということと最後は通じるのではないかと思いますが、にこにこと近づいてきて(あるいは近づく敵をにこにこと待って)、ふと気づくと相手は何をされているかわからないまま飛ばされているというような・・・相手の心の隙間に入り込み、間や拍子を簡単にはずせるというのか、そういう方が達人ですかねえ・・・

そうえいば、不意打ち、騙し打ち、は、古流では普通にプログラムに入ってますね(^^; それを本当に咄嗟にできるかは、別問題ですし、応用力がない限り、ただのヒントにすぎないと思いますが、武術家には、おっしゃる通り必要なことと思います。
Posted by ねこすけ at 2012年01月17日 17:23
遅ればせながら
明けましておめでとうございます。

今年もそうたろうさんのブログで楽しませて貰います。

さて、のっけから難しい議題?ですね。普段考えていたことを述べてみます。

基本的に名人達人は体格的に恵まれていない方が多いのではないでしょうか?
K-1ヘビー級でいまいちだったのは、国内ではパワーで押しきれたので、テクニックが向上しなかったのでは、と思います

柔能く剛を制す ではなく、柔を知らなければ剛を制す だと思います。

UFCでも柔術以外でも勝てるようになったのは、柔が知られてしまったせいでしょう。

剣術稽古は窓を締め切っていたとも聞きます。
その意味では、秘伝、口伝、一子相伝は有効だったと想います。

近代の道になり、対象が多数になりオープンに成ったのでしょう。興行も有りますしね。

合気道は極めて行くと空手から離れる という、格言があったかと思いますが、各格闘技は同じ所に行くのではと思います。

実際の発剄はしらないのですが、発剄と当て身は同じ物ではないか、と思います。

打撃でも、ノーモーション、が注目されていると思います。当て身がノーモーションの打撃です。

取り留めの無い文章で、まだ語り尽くせないのですが、名人達人の成り立ちをかんがえてみました。

Posted by 拳五郎 at 2012年01月19日 22:38
 伝統武術でも打たれ強さを重視する流派しない流派いろいろです。那覇手やその源流となった南派中国武術は比較的打たれ強さを重視するかもしれません。多分発達した商業都市内での喧嘩術から発展したんでしょう。比較的大都市では武器の携帯が制限されますから。
 一方、首里手や北派中国武術は近代格闘技に比べ避ける動作が大きく体ごとかわすことが多いかもしれません。首里手であれば対日本剣術を意識していただろうし、北派拳術であれば交易路でも野盗の柳葉刀などによる襲撃を意識していたかもしれません。

 大道塾の東先生は自然体から始める基本動作や伝統的な立ち方を試合では使わないので「実戦的ではない」と練習体系から外してしまったようですが、競技ではない戦いで襲われるときは基本的には棒立ち、つまりは自然体からスタートすることが多くなるはずなんですよね。
また猫足立ちや交差立ちなど近代格闘技を見慣れた者からは奇異に見える立ち方も、平坦ではない足場や椅子や机が狭い室内に並んでいる状態でとっさに上体を移動させるにはなかなか便利なところもあります。
Posted by 邪馬本 at 2012年01月21日 00:59

そうたろうさん、明けましておめでとうございます。とっくに時期を逸してしまいましたが、SD不肖の弟子です。今年もよろしくお願い致します。



さて、早速、命題の件ですが、達人は「打たれ弱い」が、「打たせない」スペシャリストではないでしょうか?


お話に出た初見先生は昭和6年生まれの御歳81歳で、3年前にテレビ(ズームイン!!サタデー)に出られたお姿を拝見したところでは、敢えて無礼を承知で言わせていただくと、明らかに普通の御老体でしかありませんでした。

それでも体術を軽やかに使って、攻撃する者をあしらい、きっちりトドメをさされており、「今忍者」振りは健在でした。

そもそも私が、初見先生が忍術の宗家である事を知ったのは、先生の書かれた「世界のマーシャルアーツ」という本を、約25年前に購入したのがきっかけでした。

それ以前にも、ニュースの特集で、突きつけられた拳銃をいとも簡単に奪い取る様を見て、衝撃を受けた事があったのですが、その時はまだ「誰なのかはわからないが現代の忍者が実戦的な忍術を継承している」という認識しかありませんでした。

しかし、その時の印象は鮮烈で、ずっと何者なのかを知りたくて、書店で先生の本を見て驚きました。

それが前述の本で、何と九流派の宗家であり、千葉県野田市で接骨師をしておられるというのです。

忍者というからには、てっきり山奥に仙人のように住んでおられるという素人丸出しの誤解をしていたので、二度びっくりでした。

そして、その本には、世界各国に独自の文化に根差した武術があり、それぞれの国の人達が誇りを持って継承し、初見先生もそれを尊重して紹介している様がモノクロ写真入りで掲載されていて、当時、武術は日本固有のもの(空手・柔道・剣道・合気道と、せいぜい当時カンフーと呼ばれていた中国拳法を輸入したもの)という浅薄な知識しかなかった私には、途轍もないカルチャーショックでした。

以来、先生のシンプルで合理的かつ現実的な体術は、私の武術・武道の原点となり、真に先生と呼べる方は、高校・大学時代の和道流空手の町道場の恩師と現在のSDトルネードの代表と初見宗家の御三方だけです。

では、「何で会った事もない初見宗家を先生と呼ぶんだ?」という事については、その技術を何とかして盗もうと、書籍はもちろんビデオテープ(最近ではDVD)を購入し、擦り切れるほど見て、試してみた経緯があるからです。

さらに、実を言うと、大学時代に上京した際に、どうしても直々にお会いして、ことによってはそのまま弟子入りを願い出る決心で、野田市の御自宅に御挨拶に行った事があるのです。

しかし、御近所の理髪店の方に「先生は道場に行っていて留守だよ」と言われ、「手紙か何かで約束でもしたの?」と尋ねられ、御手紙でアポイントも取らずに押し掛けた若気の至りの無礼を恥じて、一見無防備に開け放された玄関に、深々と一礼して帰郷しました。以来、初見先生は、遠くにありて思う「心の師」となりました。

先生の技術は、変幻自在・千変万化で、型にとらわれず、流れるように相手を制圧(本来は殺傷)し、その柔軟な発想は、あらゆる武道・格闘技にも応用可能だと考え、いまだに研究を続けています。

話が冗長になりましたが、本題に戻しますと、初見先生の体術は、先生御自身はよく「体変術」と呼称され、とっさの変わり身で、常に相手の死角へ体を入れ換え続け、決して反撃を許しません。

つまり相手が武器を持っている事を前提としているため、まるで折り紙を折るように連続技で相手を崩し、たたみかけて倒し、身動き取れなくしておいて、お約束の踵による側頭部の直近(本来なら顔面)への踏みつけでトドメをさします。

要するに、その間に、一切の打撃を受けていないのです。この事実こそが、達人がいかに打たれ弱くても、屈強な外国人(お弟子さんは外国の現役警察官や軍人が多く、第2回アルティメットチャンピオンシップでは、現役警察官のお弟子さんが準優勝したという未確認情報もあります)を子供扱いできるポイントなのだと、自分なりに分析しました。

と、ここまでは技術の話でしたが、もう少しお付き合いいただくと、初見先生の書籍の中のインタビューで、「もし、ヘビー級ボクサーのようなハードパンチャーが襲って来たらどうしますか?」という問いに対して、「私なら逃げます」と平然と言ってのけておられました。まるでダンプカーが突っ込んで来たら避けるのが当然だろといわんばかりに・・・。

このいい意味でをのプライドを捨てた(もしくはこだわりを捨てた)自由な意思、勝ち負けの次元を超えた発想、生き残るために忍術の存在意義があるという信念が、達人たらしめる理由なのではないでしょうか?

もしかしたら、達人は打たれ強いに越したことはないが、打たれ弱いからこそ「逃げる」「避ける」「かわす」という選択肢がある、ということに要約されるのかもしれません。

ですから、そうたろうさんが紹介されたバスジャック事件の設定で、奇想天外な答えをしたのは、それこそが忍者の真骨頂「煙(けむ)に巻く」という忍術の心理作戦だったのではないでしょうか。

私も、県内の高速道路で起きた事件だけに、もし自分が乗り合わせていたら、絶対に死傷者を出さない覚悟で、牛刀なんぞものともせず、狭い通路で渾身の前蹴りを、靴のつま先で、犯人の水月に突き込んでやろうなどと、いきり立ってテレビにかじり付いてニュースを見ていました。

実際には、警察の部隊が投擲したスタングレネードの閃光と共に一斉突入し、犯人は確保されましたが、お恥ずかしい事に、私のほうは、「心の師」の教えが全く身に付いていなかったという、ある意味「未解決事件(?)」が残りました。ゆえにSDトルネードに移籍しても、いまだに「不肖の(親や先生に似ず出来の悪い)弟子」なんですけどね・・・。

それでは、ここまで長々とお付き合いくださり、有り難うございました。初見先生の話題が出たので、つい熱くなって余計な事ばかり書き込んでしまいましたが、さらっと読み飛ばしてくださって結構です。また、時々お邪魔しますので、よろしくお願いします。



追伸

すいません、そうたろうさん。それでなくても長過ぎるのに、失礼ながら追伸です。


初見先生の武神館をカルト集団のように誹謗中傷する人達も少なからずいるようですが、先生は「遠当て」のような非科学的な存在は認めておらず、相手が攻撃に転じようとする瞬間に、気合いを込めた一声を放つ事で、相手の動きを止める事はできるとしか言っておられません。

また、精神論でも、抽象的に「宇宙と一体化するためには、(全く科学的根拠の無いマインドコントロールに繋がるような)何々をしなさい」などとも言わず、ただ「人間が宇宙に行く時代なんだから、我々武道家も世界や宇宙にまで視野を広げ、どんどん外へ出て行って、狭い価値観に閉じこもらないようにしよう」としか説諭していません。

それらの点からわかるように、先生は非常に合理主義・現実主義で、神秘的な要素を一切排除したがゆえ、世界各国から集まって来る外国の方の多くは、実際に生死のかかった軍人や警察官や治安の悪い国の人達であり、その実戦性については平和呆け日本人などよりはるかにシビアな目で見ており、使えない武術に付き合う余裕など微塵も無い切迫した事情を持っています。

裏を返せば、本家日本では、わざわざ怪しげで色物のイメージしかない忍術などを習うくらいなら、近場の道場やジムに行くほうが自然ですし、どうせ映画か何かでジャパニーズ・ニンジャに幻想を抱いた「信者」が「教祖」見たさに海外旅行がてら集まってるんだろうと勘違いされても仕方のないことかもしれません。

しかし、初見先生は若かりし頃、千葉県の御自宅から奈良にお住まいだった故高松先生のもとへ熱心に稽古に通い、九流派の免許皆伝を受けられ、現在ではお弟子さんが、何千キロも離れた海外から、本物の忍術を体感しにやって来ています。本当に忍術や古流武術を伝統的な戦闘技術として評価しているのは、一握りの日本人武道家や格闘家を除いたら、世界各国のプロ・アマ問わずの本物志向の人達なのかもしれません。


空手界では、巨星大山総裁が亡くなり、喧嘩十段芦原館長がお若くして亡くなり、K‐1の産みの親石井館長が脱税で格闘技界の表舞台から姿を消し、極真会館もいくつにも分裂してしまい、合気道界では、伝説の達人塩田剛三先生を筆頭に、惜しまれながら次々と達人がこの世を去り、少林寺拳法に至っては、宗道臣というカリスマ性が大き過ぎて、二代目宗道臣の御息女が背負い切れているとはお世辞にも言えず、柔道界では武道必修化問題やオリンピックメダリストの不祥事、石井慧選手の惨敗など、イメージダウンが続いてしまい、あとは剣道や伝統派空手が粛々と大会を開いているだけで、知名度の高い武道における達人は、もう他に思いつきません。(「猪木がいるじゃないか!」と言いたいところですが、カリスマ性は申し分ないとしても、いかんせん武道家ではないので・・・)

そして、「伝統武道最後の達人」とも称される初見先生も、老いという宿命からは逃れられず、金さん銀さんの年齢を超えてまで現役というのは、いくら何でも無理でしょうし、その御年齢からしても、不謹慎は承知のうえですが、いつ天寿をまっとうされても不自然ではありません。

だからこそ、今、達人のDNAを、後世を担う若者達に伝えていかなければならないのではないでしょうか。

初見先生にはお子さんがいらっしゃらないそうですが、無神経なインタビュアーに理由を聞かれたときに、「私には実の子供はいませんが、世界中にはたくさんの『武』の子供達がいます」と、穏やかに答えられたそうです。(しかもその数、10万人とも20万人とも・・・)


そうたろうさんも、是非とも、総合的な武術・武道の達人になられて、『武』のDNAの継承者として、名だたる先人達に名を連ねてください。きっと「平成の達人(しかも打たれ強い)」と呼ばれる日が来ると信じています。私も、本当に微力ながら、これからも応援させていただきます。押忍。
Posted by SD不肖の弟子 at 2012年01月21日 01:00

そうたろうさん、こんばんは。SD不肖の弟子です。

たびたびすみませんが、先程のコメントのうち一箇所だけ誤った情報がありましたので、訂正のうえ、補足させてください。

その訂正個所は、

「第2回アルティメットチャンピオンシップでは、現役警察官のお弟子さんが準優勝したという未確認情報もあります」

という部分で、正しくは

「第3回アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップにおいて、リザーバーだったアメリカの現役警察官のスティーブ・ジェナムとうお弟子さんが、いきなり決勝戦でファイナリストのハロルド・ハワード(バックボーンは空手と柔術というカナダの人)と闘い、約1分半で勝利・優勝した」

という事でした。

補足としては、ジェナム氏が戸隠流忍術の使い手として紹介されており、実際にネットで動画を確認したところ、一見、相手が繰り出すパンチや胴回し回転蹴りなどの大技をよけながら、いったんフロントチョークで捕まり、あわやタップかというピンチに陥ったものの、体を捻ってエスケープし、再びスタンド状態になり、相手のパンチの腕の引き際に組み付いて倒し、マウントを取って殴り続け、相手側のセコンドによるタオル投入で勝利したという内容でした。

こう書くと、「何だ、総合格闘技の定石で勝っただけで、どこが忍術なんだ?」と思われるでしょうし、実際、ニコニコ動画では、第4回大会でWBFインターナショナルヘビー級王者メルトン・ボーウェンというボクサーとの対戦について、「忍者なのに何で忍法を使わないんだ?」というバッシングのテロップの嵐でした。

ところが、私がハワード戦を見た限りでは、何点か着目すべき点が、ちゃんとありました。

一つ目は、腕力に任せて強引に極めにきているフロントチョークを、上手く体を捻ってずらしながら、すっぽりと首を抜いている点です。

二つ目は、再びスタンド状態になったとき、相手のパンチの見切り方が尋常ではなかったという事です。つまり、足を前後に大きく開いたスタンスで、上体を前傾させ顔を突き出して相手のパンチを誘い、その腕が伸びて来るのにぴったり合わせて、上体の体重移動だけで足を動かさずによけ、全く当てさせなかったのです。さらに、試合全体を通して見ても、まともな打撃をほとんどもらっていません。

三つ目は、テイクダウンの仕方ですが、誘ったパンチの引き際に合わせて、さっと組み付き、明らかにレスリングなどの西洋のグラップリングとは異質の体術(それが忍術と言うべきか、柔術と言うべきかは、門外漢の私にはわかりませんが)で倒した時、一瞬100kg以上ある相手が、ふっと軽くなったように見えた事です。

以上から、直ちに「だから初見先生の忍術が凄いんだ!」という短絡的な結論になるとは思えませんが、このジェナム氏のスタイルは、「武術の格闘技への応用」の好例であり、「格闘家の達人化」の過程を見せられているようでした。

要するに、現役警察官として日々体を鍛え、打たれ強くなっていたジェナム氏が、自分より一回り大きく筋骨隆々とした相手に対し、日本の古流武術の技を駆使して活路を見い出し、完全勝利したという事実から、逃場の無いオクタゴンのケージの中で、猛獣のような相手に「達人」が生き残るには、「打たれ強さを後ろ盾とした打たせない技術で相手を倒す」というジェナム氏のスタイルを、より洗練し進化させるという事が、一つの解答例ではないのかと思ったのです。

あくまでも仮説に過ぎませんが、これって、そうたろうさんがフルコンタクト空手とトレーニングで鍛えた体をベースに、合気道の術理で相手を完封するという構図に似ていて、実現可能な方法なんじゃないかと、勝手に想像してしまいました。

以上、補足のほうが長くなってしまいましたが、これが、私にとっての、少なくとも現時点での「究極の達人像」ではないかと考えます。例えるなら、アリスター・オーフレイムの体に古流武術の達人の技と頭脳が融合したら、とんでもないフランケンシュタインの怪物が出来上がってしまうのではないかと・・・。

まあ、そんな単純な足し算にならないところが、この命題の難しさなんですが(ボブ・サップは技術を習ってから、あのホーストでさえ手のつけられなかった素の強さが、全く無くなってしまいましたので)、ひとつのヒントになるかもしれませんので、是非、この一戦の動画をご覧になってみてください。私の見落とした「気付き」が、そうたろうさんなら感じ取れるのではないかと思います。

では、お粗末な分析で恐縮ですが、また落ち着いた頃にお邪魔します。合掌。
Posted by SD不肖の弟子 at 2012年01月22日 01:17
ご無沙汰しております。たまです。今年も、そうたろうさんのブログを楽しみにしています。

さて、既に皆さんが、本件について意見を呈されていますので、私見を簡潔に述べさせていただきます。

いわゆる合気道、大東流柔術(いわゆる達人を目指す世界観)などは、前提が「刃物をもって向かってくる相手を如何に制圧するのか」という点を重視しているように思えます。

「あたったら終わり」の世界なので、ポイントは「如何に相手をさばいて制圧するか」であり、「打たれる」(刺される)という発想はありえない、のかもしれません。

「打たれ強い」という考え方は、武道が、単なる「殺し合い」から「スポーツ」に昇華した段階で生まれた概念かもしれませんね。

追伸
今年もブログ楽しみにしています!今年こそは昇段したいと思います!

たま



Posted by たま at 2012年01月22日 21:06
ねこすけさん、こんにちは。そうたろうです。

ねこすけさんの先生は
平直之さんと交流があるのですね。

手塚治虫のマンガ、「陽だまりの樹」は、僕も読んだことがあります。
万二郎のおしっこをして難を逃れるシーン、ありましたね。


達人で打たれ強い先生として
台湾の王樹金先生が有名ですよね。

プロボクサーに腹をパンチさせても
逆に跳ね飛ばされてしまった、とか。

中国武術には排打功という強化法がありますし、
剛柔流や上地流空手も打たれ強さを養成するノウハウが
ありますよね。

達人は一概に打たれ弱い、とはいえないかもしれません(汗)。

相手の心の隙間に入り込み、間や拍子を簡単にはずせるというのか、そういう方が達人というのは、なるほどな、と思いました。

達人の定義づけは難しいですが、
考えると面白いですよね。

とても考えさせるコメントをいただき
ありがとうございます。

また、遊びにいらしてくださいね。
Posted by フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ at 2012年01月27日 06:33
拳五郎さん、こんにちは。そうたろうです。
こちらこそ、今年もどうぞよろしくお願いします。

基本的に名人達人は体格的に恵まれていない方が多いとのご指摘、
なるほどな、と思いました。

恵まれていないからこそ、
様々な創意工夫をすることで
上手になっていくのでしょうね。


K-1ヘビー級クラスは、特に日本人だと、存在そのものが脅威だったりするので(笑)。テクニシャンはほとんどいませんでしたものね。


「柔を知らなければ剛を制す」まさにその通りですよね。

UFCで柔術が負けるようになったのは
明らかに柔術が知られすぎてしまった体と思います。

武術は基本的に一子相伝で
極秘裏に伝わってきたものですし、
それだからこそ、面白いように技が
かかったのではないかと推察します。

打撃は、ノーモーションが理想だと思います。
僕の場合、ノーモーションのつもりが
全然ノーモーションではないですが(汗)。

達人と一口にいっても
定義づけが難しいですよね。

とても興味深いコメントをいただきありがとうございます。

また、遊びにいらしてくださいね。
Posted by フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ at 2012年01月27日 06:42
邪馬本さん、こんにちは。そうたろうです。

伝統武術でも打たれ強さを重視する流派しない流派いろいろなんですね。

那覇手やその源流となった南派中国武術は、発達した商業都市内での喧嘩術から発展したとのご指摘、なるほどなと思いました。

首里手や北派中国武術は「避ける動作が大きく体ごとかわすことが多い」のですね。

成立の背景によって技術体系が大きく違うのが面白いと思いました。


 大道塾の東先生は競技武道出身の人ですから、
いくらストリートファイトを想定して大道塾ルールを作ったといっても、
やっぱり1対1のガチでのファイトから逃れられなかったのでしょう。


また猫足立ちや交差立ちなど、平坦ではない足場や椅子や机が狭い室内に並んでいる状態だと有効な立ち方といえますね。

今まで意識したことがなかったので目からウロコでした。

まだまだ、空手の基本技の理解が足りないと反省しました。

とても考えさせられるコメントをいただきありがとうございます。

また、遊びにいらしてください。
Posted by フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ at 2012年01月27日 06:52
SD不肖の弟子さん、こんにちは。そうたろうです。

達人は「打たれ弱い」が、「打たせない」スペシャリストとのご意見、
なるほどな、と思いました。

「世界のマーシャルアーツ」、持ってないんですけど、
書店で何度も立ち読みした覚えがあります。

当時は、フルコン空手と中国武術にしか関心がなかったので、
へぇ〜、っという印象しか持つことができませんでしたが(汗)。

大学時代に上京した際に、野田市の御自宅に御挨拶に行った事があるとのこと。
スゴイ行動力ですね。

SD不肖の弟子さんは、初見先生の技術を今も研究されているのですね。

初見先生は海外での評価が高いですが、
日本では一部の人にしかしられていないのは、
灯台下暗し、というか、もったいないことですよね。

「もし、ヘビー級ボクサーのようなハードパンチャーが襲って来たらどうしますか?」という問いに対して、「私なら逃げます」と平然と言ってのけておられた話、まさに達人ですね。

達人は打たれ弱いからこそ「逃げる」「避ける」「かわす」という選択肢があるとのご指摘、なるほどな、と思いました。


結局、自分よりパワーのある人間というのは絶対いるわけですし、
打たれ強い、といっても限界がありますから、
「打たせない」という発想は大事なのでしょうね。


初見先生の武神館をカルト集団のように誹謗中傷する人達も少なからずいるのは、忍者姿で演武する姿などが、一般人には奇異に写るのも理由の一つでしょうね。
初見先生の著書やインタビューを読む限り、
非常に合理主義・現実主義ですよね。

もっと日本で、きちんと初見先生が評価されることを願いたいです。

僕自身は、フルコン空手の地方大会チャンピオンレベルですし、
たいしたことはできないと思いますが、

武を志す仲間たちと交流しながら、
共に達人を目指す活動を広めていけたらいいな、と思います。

考えさせられるコメントをいただき、
視野を広げることができました。

ありがとうございます。

また、遊びにいらしてくださいね。
Posted by フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ at 2012年01月29日 07:22
SD不肖の弟子さん、こんにちは。そうたろうです。

「第3回アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップにおいて、リザーバーだったアメリカの現役警察官のスティーブ・ジェナムというお弟子さんが、いきなり決勝戦でファイナリストのハロルド・ハワード(バックボーンは空手と柔術というカナダの人)と闘い、約1分半で勝利・優勝した」試合、興味深いですね。

早速、動画を見てみました。

海外事情は詳しくないのですが、
素手で殴り合う大会なんですね(汗)。


パンチの見切りがすごいのと、
強引なフロントチョークから逃れるのが
とっても無理のない動きで「体が使えているな」と
びっくりしました。

なるほど、古流の動きを上手に活用している好例だと思いました。

素晴らしい動画をご紹介いただきありがとうございます。


おっしゃるとおり、
僕が目指しているのも、ジェナム氏のスタイルです。

古流の素晴らしい技術を
リアルに活用しなければ、
なんのための技術なの?って思うんです。

もともと、僕はフルコン空手出身なので、
やっぱり実証主義というか、
実践して、結果を出さなければ、
それは「使える」といえないんじゃないか、って
考えてしまうんですね。


古流の技術は、相手の不意をついて
ルール無用で「とどめ」を指すものなので、

格闘技に応用するには「ひとひねり」が必要です。

たぶん、その「ひとひねり」に
我々武道家の「頭脳」が要求されるのでしょうね。


考えさせられるコメントと動画の紹介ありがとうございます。

「達人」についての思考が一段と深まりました。

また、面白い動画がありましたら、
ぜひぜひご紹介してください。

コメントいただきありがとうございます。

また、遊びにいらしてくださいね。
Posted by フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ at 2012年01月29日 07:42
たまさん、こんにちは。そうたろうです。

いわゆる合気道、大東流柔術(いわゆる達人を目指す世界観)などは、前提が「刃物をもって向かってくる相手を如何に制圧するのか」という点を重視しているとのご指摘、なるほどな、と思いました。

おっしゃるとおり、
「打たれ強い」という考え方は、武道が、単なる「殺し合い」から「スポーツ」に昇華した段階で生まれた概念なのでしょう。

どうしても僕は「フルコン空手」という
リアルに相手とぶつかる経験をしてきたので、

武術を試合等で使えないか?とか
武術は実際のところどうなのよ?

という思考にいってしまうのです。

たまさんも今年は昇段ですね。
僕も12月に四段の審査を受けます。

昇段審査、がんばりましょう!

また、遊びにいらしてください。

コメントいただきありがとうございました。
Posted by フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ at 2012年01月29日 07:55
 打たれ強い達人として王樹金の例が出てきましたが、太極拳の打たれ強さは筋肉の壁によるものではなく化ケイの一種ではないかと考えています。
体の一点に加えられた力を全身に分散し最終的には足から地面に流してしまう。
 空手のサンチン立ちやセーサン立ちも似たようなことは学べますが。
 体の使い方としては厚手のカーテンに高速でボールがぶつかってもバフンとゆれが全体に広がりボールの速度が吸収されてポトリと落ちるかのようなイメージですけど。
 私の場合はまだ胴体への打撃には応用できませんけど、強い力で投げられそうになったときと、ブロックを押し切られそうになったときに応用してます。
Posted by 邪馬本 at 2012年01月30日 06:34
そうたろうさん。お久しぶりです、こんにちは。

初見先生と王樹金老師という極めて私好みな話題なのでコメントしに来ました(笑)


合気道等の稽古で相手の手を取る場合、思い切りガチガチに握ったり逆にふにゃふにゃに掴んだりしている人を目の当たりにすると、武道の稽古の難しさを感じます。

現実的に見ると、思い切り握り過ぎると気配が相手に伝わりそこを起点にされて思わぬ反撃を受けますし、逆に合気系にありがちな力を抜き過ぎると腕を極めて下さいと言っている様なものですし。
実際に植芝開祖も弟子の塩田剛三先生に、力を抜いた時点であっさり投げられているようです。

そういったところをしかし、テーマに考えている方が少ない事に寂しくなったりもします。

因みに余談になりますが、習いに来た人達にそこの所を指摘したら後から気功を受けている様だといわれたことがあります。

最初は何の事かと理解出来なかったのですが、よくよく考えれば気は集中力や呼吸や脳脊髄腋の流れ方と関係しているので成程と合点し東洋思想的な感覚の意味でも大変勉強になりました。
これらは太極拳等にもそのまま生かせると思います。

要するに何が言いたいというと、各々がテーマのポイントをどこに設定するべきかという事なのか? と言う事に尽きると思います。

結局ガチガチに腕を持ったり、ふにゃふにゃに相手の一部を掴んだりといった現実には有り得ない事をする人には何を言っても恐らくこちらの意図は通じないと思うのです、経験から。

その点初見先生は相手を殺してしまう所まで常に念頭において追求されるので、そういったややこしい部分は全て処理されている様に見受けられます。

向かい合った相手にいきなり飛びついて抱き付く等という芸当は、そこを身上にしていなければ咄嗟の反応では出てこないと思いますから。


因みにこれこそ余談なんですが、私は十代の時から王樹金老師系列の術技を学び研究しているのですが、常に疑問に感じているのは果たして王老師の様な技法を今のままで少しでも体得できるのかな? ということにあります。

私の体格は王老師の半分以下なので、あのような豪快な業は出来るのかと常々疑問に思っています。

松田隆智さんも述べられてましたが、如何なる理論も崇高な精神も物理的な事象が無ければ証明出来ないという様に、王老師の様な立派な体格でなければ技は実現出来ないんじゃないかとも思います。

実際に王老師も始めはがりがりに痩せた体格だったようですし。
長年研究してますが、詰まり体を変えなければ人を吹っ飛ばす様な術技は、結局の所使えないのかな? とも思っています。

個人的には初見先生の様な自由な発想で、王老師の様な見事な術技を使用出来れば最高だなあ・・・・・と、思ってはいるのですが、どうなんでしょうかねえ?
Posted by 南町の男 at 2012年01月31日 17:58
南町の男さん、こんにちは。そうたろうです。


王老師が始めはがりがりに痩せた体格だったとは
しりませんでした。

おっしゃるとおり、体を変えなければ人を吹っ飛ばす様な術技は、
結局の所使えないのかもしれませんね。

如何なる理論も崇高な精神も物理的な事象が無ければ証明出来ないのかもしれません。


初見先生の様な自由な発想で、
王老師の様な見事な術技が使えたら
最高でしょうね。


達人への道は険しいですが、
日々精進していきたいと思います。

コメントいただきありがとうございます。

また、遊びにいらしてください。
Posted by フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ at 2012年02月20日 07:05
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