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2012年08月23日

大山倍達の空手は失伝した◆フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ

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ブログやメルマガを通じて、
古流の空手を修行する方たちから
多くの刺激を受けています。

最近いただいたコメントをみて、
驚かされ、そして、考えさせられたことがあります。

それは、

「大山倍達総裁の空手家としての評価が高い」
ことです。


えっ、そんなの当たり前でしょ?
と思うかもしれませんが、

極真の内部にいると、大山総裁の評価がまるで
違うのですね。


●「大山総裁は、メチャメチャ強かったが、
空手は知らなかった」


●「大山総裁のカリスマ性はスゴかったが、
空手は上手ではなかった」


●「大山倍達は、空手の技を
パワーで解釈してしまい、
空手本来の技術を理解していなかった」


実は、これらの大山総裁評価は、
極真の師範たちの多くが持っている意見です。

僕も、何度も耳にしました。



僕の師匠は、
極真の全日本チャンピオンも獲り、
大山総裁の直弟子で、
劇画「空手バカ一代」にも登場する人ですが、

「大山館長は空手を知らない」
と飲み会の席でもらしていたのを
何度も聞かされています。

僕の師匠は、
拳道会の中村日出夫師範を高く評価していましたし、
大気拳の澤井健一先生の立禅をしている写真を部屋に飾り、
大山倍達総裁の師匠である、曹寧柱先生の写真を掲げていました。

もちろん、人間大山倍達を心の底から尊敬していたことは
端にいる僕にもよくわかりましたし、

カリスマ性と喧嘩の強さは、ものすごいものがあったと
おっしゃっていました。


僕自身もお恥ずかしながら、
大山総裁は、空手を深く理解していないと思っていました。


大山総裁の廻し蹴りをみたことある人は、
「蹴りがあまりお上手じゃないんだな」くらいにしか
感じていなかったのではないでしょうか。

大山総裁は右パンチが得意なのは、
ボクシングをやっていたせいだ、と
聞いたこともあります。


結局、
極真内部の人間は、
スポーツ空手の視点でしか
大山総裁の動きを理解できていなかったのだと思います。

僕の師匠も
大山総裁の弟子とはいえ、
黒帯研究会でひたすら移動稽古や組手をガンガンやって
息を上げて、たくさんの汗をかいていただけなのでしょう。

空手本来の体の使い方は
まるで理解していませんでした。

大山総裁も、
組織の拡大に一生懸命で、
剛柔流の極意などを伝えることまで、
意識が回らなかったのかもしれません。

多忙で、指導することは
ほとんどなかったとも聞いています。

極真で強くなった人たちって、
大山総裁の空手を吸収しようとしたわけではなく、

キックボクシングを修行したり、
中国拳法をかじったり、
ボクシングを練習したり、
仲間と切磋琢磨した人たちであることも事実。


僕も大山総裁の空手を受け継ぎたいなどと
考えたことは一度もありませんでした。

もう、他界されていますし、
残るのは古い映像資料だけですし、

大山倍達の空手は失伝したといっても
過言ではないと思います。

これだけ、弟子が多いのに
不思議です。


極真は世界の格闘技界に
大きな影響を与えましたが、

肝心の大山倍達の空手を
きちんと受け継ぐことはできませんでした。

岩崎達也師範や数見肇師範が、
宇城先生から、古流の空手を学んでいるのも、
原点回帰なのかもしれません。

大山倍達の空手は失伝した、
と考えるのは、僕だけでしょうか?

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posted by そうたろう at 16:56| Comment(20) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
残念ながら大山館長の極意、直伝などの類は妄想。大山館長の言葉のマジックの呪縛から解放されてないのではと思います。

私は本部道場の最盛期と思われる時期から数年経ち「梶原兄弟と袂をわけた直後。」に本部道場に入門、4年間在籍しました。館長の指導は基本動作、突きなどの基本動作などの指導が多かったかと思います。

本人は「先輩、同輩と道場で切磋琢磨すれば強くなれるよ。」というばかりで指導は原則指導員任せ。ある意味本当だと思いました。

本人は大東流の「パラソル護身術」免状などを道場に飾ったりして他流、武道も研究していたようです。よく知られる「柔道」修行などもそうです。技術的な事はほぼ名著「秘伝極真空手(This is karate)」に集約されているかと思います。

ご存じのように突き一つ、前蹴りひとつにしても自分のものにするには相当の自己鍛錬が必要です。塩田剛三先生にも19年習いましたが「自分ではできるが、人に教えるのは難しい。師の技をみて自己研鑚、自得するしかないのだ。」といっています。

たしかに、あの先生の技は失伝した、柔道でも岡野功の小外刈り、背負いはだれもマネできない。などどよくいいますが、岡野先生程の猛稽古をした人が、どれだけいるでしょう。疑問です。練習もしなければ出来るわけありません。まず優れた人並みの練習をするのが先決だと思います。
Posted by SA at 2012年08月24日 12:23
総裁は強かった。しかし、空手は教えてくださらなかった。総裁は肘うちが強かったなぁ。あとは膝蹴り。とにかく強かった。
Posted by 東 at 2012年08月28日 10:56
前のコメント依頼、返信もせず申し訳ありませんでした。
昔日極真カラテに誠信していた時は何の疑問も持つこなく稽古していましたが、那覇手を中心として稽古している昨今、極真空手の稽古体系自体、中途半端なもので終わっていると感じます。
話はとびますが、私が、極真カラテに没頭している時にはナイハンチの型など習った覚えは全くなかったのですが、今の私の師である久場先生は昔日の大山総裁のナイハンチの型をユーチュウブで見て、見事な型を打っていたと語っていました。
只、晩年の剛柔流系のサンチン、転掌の型についは、それ程鍛錬されている様子が伺えなかったことも語っていました。
晩年の大山総裁からすると極真カラテは剛柔流の影響をかなり受けた感じですが、実は大山総裁は松濤館が基本でそれに剛柔流のはじめの段階、そしては自分や弟子の創意を持って、極真カラテとしての独自性を出し、そして空手の根幹は全て極真カラテの中にあるものとしていこうとしたことと推察します。
しかし、沖縄剛柔流を改めて学び直すと、極真カラテは空手の奥義まで辿り着く過程の稽古がないことに気づきます。
多分、かつて極真カラテを学んだ方々で、私を含む極真カラテに不満を抱いている方々は、そのへんがあるのではないかと思います。
Posted by 日置のホシイッテツ at 2012年08月29日 12:04
そうたろうさん、こんばんは。古流修行者です。
私もフルコン時代、先輩の中に「大山先生は強いことは強いけどパワーだけ」と言う人もいました。その先輩も直接見たわけでなく、極真の古参支部長、指導員の受け売りですが。確かに当時でもご高齢でしたので映画等でも蹴り技などはあまり足が上がっていなかったように記憶しています(お若いころはわかりません)。

いっぽう、沖縄空手の先生は「大山先生はすごい、他の極真の先生方とは別格。強いのはパワーだけでなく昔の空手をやっていた凄さ」と仰っていました。確かに「ダイナミック空手」や「秘伝極真空手」などの約束組手の写真でも高弟の方々(支部長クラス)の姿勢と大山先生の姿勢は明らかに違っていました。まっすぐな姿勢や腰から跳ねるような猫足は単なる筋トレやケンカ慣れだけで創ることは不可能でしょう。逆に大山先生が拳を顔の前に置いた現代フルコン空手のファイティングポーズをとる姿はちょっと想像しがたいです。

大山先生は弟子を育てることにはそれほど熱心ではなかったという説もありますね。多くの空手流派同様、創始者の空手そのままの大山空手は大山先生一代ではないでしょうか?
Posted by 古流修行者 at 2012年09月01日 00:26

こんばんは、そうたろうさん。SD不肖の弟子です。

以前、極真分裂の記事のときに、極真再生を願望するコメントを書かせていただいて、総裁の継承者が出てくることはないだろうとのお返事をいただきました。

それが、今回の記事と皆さんのコメントで「過ぎたる夢」であることを再認識いたしました。

さびしいことですが、分裂したそれぞれの団体の健全な発展を、せめて祈るばかりです。

ふと夜中に目が覚めて書いた戯言として聞き流してください。

それでは、おやすみなさい。
Posted by SD不肖の弟子 at 2012年09月03日 03:56
SAさんこんにちは、そうたろうです。

おっしゃることはよくわかるのですが、
ここで、僕がいいたかったのは、

「初期の頃の総裁は、意外と
空手独自の体の使い方ができてますよ」

ってことなんです。

パワー空手に目覚める以前、というのでしょうかね。

たぶん、フルコン関係者は、
このあたり、気づいていないんじゃないでしょうか?

僕も、古流の空手を稽古されている方たちから
指摘されて気づいたのです。

もちろん、総裁は、かなりホラ吹きだったことも理解しておりますが、
若かりし頃は、相当、型を練ったのではないかと、思っています。

僕の文章が、言葉足らずだったかもしれません。

コメントいただきありがとうございます。
Posted by フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ at 2012年09月04日 10:49
日置のホシイッテツさん、こんにちは、そうたろうです。

日置のホシイッテツさんは、
極真カラテにを稽古され、現在は、那覇手を中心として稽古されているのですね。
そうすると、極真の稽古体系について、
客観的に比較することができますね。

極真空手の稽古体系自体、中途半端、都のご意見ですが、
おっしゃるとおりだと思います。

結局は、キックボクシングの稽古体系にかなり近いものがあり、
型は、申し訳程度、審査用に覚えるレベルですから。


日置のホシイッテツさんの師である久場先生は
昔日の大山総裁のナイハンチの型をユーチュウブで見て、
見事な型を打っていたとおっしゃっていたそうですね。

そうなんですよ、昔日の大山総裁は、
かなり型を練って、空手本来の持つ体の使い方を
しているんです。

そのあたり、気づいているフルコンタクト空手家はどれくらいるのだろう?と
思って、今回の記事を書いてみた次第です。

「沖縄剛柔流を改めて学び直すと、極真カラテは空手の奥義まで辿り着く過程の稽古がないことに気づきます」とのご意見、なるほどな、と思いました。

岩崎達也師範や、数見肇師範が、宇城先生から、
空手を学び直しているのも、極真の稽古体系が不備だからでしょう。

ご意見いただき、ありがとうございます。

また、遊びにいらしてください。
Posted by フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ at 2012年09月07日 06:22
古流修行者さん、こんにちは、そうたろうです。

今回の記事は、古流修行者さん、邪馬本さんをはじめとする古流の空手を修行されている方たちから、インスパイアされて書きました。

「大山総裁の昔の空手をやっていた凄さ」

たぶん、フルコンタクト空手家には気づかない視点だと思うんです。

古流修行者さんのご指摘してくださった視点から、
大山総裁のYoutubeでの動画、「ダイナミック空手」「秘伝極真空手」といった
初期の著作を見なおしてみると、なるほど、明らかに、高弟たちとは動きが違うことがわかります。

このことに気づいている、極真関係者は、皆無だと思います。

もしかしたら、黒崎健時先生や藤平先生をはじめ、
ムエタイと対決した大山道場時代の人たちが、
体現できていたかもしれませんが。

大山倍達の空手に憧れたというよりも
大山倍達のカリスマ性、人間性に憧れた人たちが、
高弟と言われる人たちなのだと思います。

現在の極真は、スポーツ空手、格闘技としての空手に進んでいるわけですし、
今更、初期の頃の大山総裁の動きを復活させようという動きは、でてこないでしょうから、どうでもいい話なのかもしれません。

大山総裁の空手について、
幾つもの貴重な視点をご提示いただきありがとうございます。

とても勉強になりました。

ありがとうございました。
Posted by フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ at 2012年09月07日 06:35
SD不肖の弟子さん、こんにちは。そうたろうです。

極真分裂も悲しい出来事でしたが、
大山総裁の空手を誰も受け継いでいない、という事実にも
愕然としました。

たぶん、極真関係者は、大山総裁の「空手本来の体の使い方」を
誰も理解しようとしませんでした。

もしかしたら、大山総裁自体、「空手本来の持つ体の使い方」などを
伝える気が全くなかったのかもしれません。

SD不肖の弟子さんがおっしゃるように、
「過ぎたる夢」なのでしょうね。

もう、極真は完全にスポーツ空手ですし、
格闘技なわけで、残されているのは、大山総裁のかつての映像のみですから。

残念な話ですが、大山倍達の空手は失伝した、といっても過言ではないと思います。

コメントいただきありがとうございました。

また、遊びにいらしてください。
Posted by フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ at 2012年09月07日 06:40
 私の個人的な感想としては大山倍達とはいろんな意味で空手界の長嶋茂雄だったような気がします。
 多くの伝説にはことかきませんが公式な試合記録というものは無く「記録よりも記憶に残る」という点。
 天才肌で自分自身はできても他人には理論的に説明できる見識を持っていないという点。
 指導や団体運営においてはカリスマ性によって発奮はさせるだけでノウハウは全く持っていないという点。
 長嶋自身が「一本足打法」や「振り子打法」のように独自の技術を開発しておらず従来の野球技術を天性のカンにより巧妙に扱えただけであるように大山も独自の空手技術を開発しているわけは無く強いけれども他人から習ったものをそのまま使っていただけという点。

 当時の大山氏を知る空手家の発言によると型の稽古は重視しておらず、もっぱら突き蹴りの基本技術の習熟と肉体鍛錬に重きを置いていたようです。実際それだけで組手においてはかなりのところまで強くなれると思います。
 ただ大山倍達の空手は単なる力任せではなく習熟した基本力に裏打ちされたものだったはずです。空手の基本力の習熟は単なるフィジカルトレーニングだけでは辿り着けないものですが、大山本人は師匠の動きを見て本質をそのまま真似できる才能はあっても理論的に解読する頭脳が無かったので、自分がなぜそんな基本力を身につけるにいたったのか理解でず「技は力の中にあり」と言い出したのではないかと推察します。
 単なる「空手を理解していない」のではなく「体得はしているけど理解はしてない」というのが実際だったのでは?

 それと大山倍達の空手はやはり剛柔流だと思います。蝋燭の炎を拳圧で消す演武を見ても肘が微妙に曲がっているところなんか那覇手的です。
ただし剛柔流といっても東恩納系統などの「沖縄剛柔流」ではなく山口剛玄先生の本土「剛柔会」系列のもの。
 山口剛玄先生は本土での剛柔流の組織的普及には貢献したけれども沖縄剛柔流を身に着けてはいないという批判もありますね。
 私の学ぶ首里手では組手においては型に出てくる各種の立ち方は一連の動作の中で一瞬そのような立ちを経由するというだけで猫足立ちなどで構えたりはしません。那覇手を学んだわけではありませんが動画で見る限り東恩納先生が猫足で待ち構えている姿を見たことはありませんのでその点については似たようなものだと思います。
 一方、山口先生は猫足立ちで構えるのがスタンダードであり、初期の極真の大会を見ても猫足で構えていたりすることからも剛柔会に影響が見て取れます。
Posted by 邪馬本 at 2012年09月11日 13:21
邪馬本さん、こんにちは。
そうたろうです。

「大山倍達とはいろんな意味で空手界の長嶋茂雄」
「空手を体得していたが、理解はしていなかった」とのご意見
なるほどな、と思いました。

大山倍達の空手は山口剛玄先生の
本土「剛柔会」系列のものである、
というのも納得ができました。

沖縄古流というよりも、
本土「剛柔会」の空手を体得していたという解釈で
僕の中の「大山倍達理解」の辻褄があいそうです。

山口剛玄師範もが、かつて鉄道の車輪で作ったバーベルで
筋トレをしている写真をみたことがあります。

大山総裁の師である曹寧七先生は
山口先生の高弟ですしね。

いろいろとご教示いただきありがとうございました。

納得ができました。

また、遊びにいらしてください。
Posted by フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ at 2012年09月16日 09:36
こんにちは、そうたろうさん。
ご無沙汰しております。
以前コメントを送らせて頂きました五十嵐です。

「大山空手は失伝した」
非常に真実味ある意見と思いました。

これはある意味、当然のことかもしれません。
これは僕個人の考えなのですが
人並外れた才覚の人の用いる技は
同等の器量を持つ人でなければ習得できるものではないし
当時と現在では時代背景もまるで違うので
大山先生が構築された実戦空手は今の日本社会では維持するどころか復刻することも不可能ではないかと思うのです。

僕個人としては大山先生が残してくださった極真空手というものを通じて生き抜く力を養い
人を殺すのではなく
人を活かす道を追求していきたいと
人を超えた技力ではなく人としての技と力を磨いていきたいと考えています。

-追記-

http://www.youtube.com/watch?v=Q8MuljijhjM&sns=em

これは去年開催されたWKAの世界大会なのですが
(もうご覧になられましたか?)
非常にワールドワイドにショーアップされており
僕のような初心者から上級者まで魅了する大会であったことは間違いないと思ったのですが…。
(そうたろうさんから見られていかがでしょうか?)

ただ初心者の目から見ても疑問の残る部分はいくつも有り、自分としては今後も伝統派に傾倒するつもりはなく
今の稽古法をベースに学ぶところは取り入れ、
残すべきところは残すという風にしていくつもりです。


Posted by 五十嵐 at 2013年03月26日 10:33
五十嵐さん、こんにちは。そうたろうです。

「大山先生が構築された実戦空手は
今の日本社会では維持するどころか
復刻することも不可能ではないか」とのこと。

おっしゃるとおりだと思います。

大山総裁は、
たぶん天才肌だったのだと思います。

大山道場時代の古いお弟子さん(黒崎健時師範、藤平昭雄師範、大山茂師範、中村忠師範など)が、大山総裁に近い空手が使えたのでしょう。

拳にタオルを巻いて、顔面をボカスカ殴っていたらしいですから(汗)。


現在の極真カラテの技術体系は
即効性があり、やればやるほどある程度まで一気に強くなれるので、
素晴らしいと思っています。

古武術や、合気道は、極真カラテほど
即効性がないですから。

我々は、大山総裁の残してくれたカラテを
活人拳として、活かしていくべきなのでしょう。



-追記-

http://www.youtube.com/watch?v=Q8MuljijhjM&sns=em

WKAの世界大会の動画、
拝見させていただきました。

僕、WKAルールがよくわからないんですよ。

前後の出入り(ステップワーク)とかは
技のキレはスゴイと思うんですけど、
どっちが勝ったのか?負けたのか?が
わからないんですね。

いわゆる伝統派の空手の素晴らしさは理解しているつもりですが、
試合となると、どれが技ありで、一本なのかが、皆目わからない(汗)。

伝統派ルールの「根っこの部分の哲学」はわからなくもないんですが
Kー1やキックボクシングがこれだけ普及し、
更に、総合格闘技も、ゴールデンタイムや大晦日に放映していた平成日本の時代に、
「寸止め」「ライトコンタクト」というルールは、
一般人には理解できないのではないかと思います。


空手家として大成するためには、
フルコンルールも伝統派ルールも学んだほうがよいと思います。


どちらが優れているのではなく、
どっちも優れているのです。

ただ、フルコン空手界に比べて、
やっぱりWKAは組織力もあるし、
選手層も熱いので、スゴイなぁとは思いますが。

五十嵐さんのコメントを読んで
このような感想を持ちました。

また、コメントなどお気軽にかきこんでください。

コメントいただきありがとうございました。
Posted by フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ at 2013年03月31日 15:52
こちらこそ貴重なご意見ありがとうございました。

色々と偉そうな事を書きましたが、
なにぶん素人に毛が生えたレベルの者の言うことですので
どうか大目に見ていただけたらと思います(謝)

昔は伝統派空手に対して肯定的な感情は持っていなかった自分ですが、色々と調べていく中で
フルコンにない技術、精神性、美しさがあることを知り
多くの人達が一生懸命、稽古に励んでいる事も知りました。

そうたろうさんがおっしゃるように
どっちも優れていることは間違いないですよね。
最近になって
「当てる当てない」
「顔有り無し」
を論じるより大切なことは他にあると感じるようになったんです。


ルールについては僕もよくわかっていないので
これから勉強します(苦笑)

お忙しい中、ありがとうございました。
また相手にして頂けたら幸いです。

Posted by 五十嵐 at 2013年03月31日 21:04
(訂正)
WKFのところをWKAと記してしまいました
どうもすみません…。
Posted by 五十嵐 at 2013年03月31日 21:11
 どうも邪馬本です。最近書店で面白いタイトルの本を見つけました。
「幻の大山道場の組手―かつて地上最強の空手は実在した (BUDO‐RABOOKS)」
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032914607&Action_id=121&Sza_id=C0
著者は渡邊一久さんという方で初代師範代で他流経験者がなく初心者から大山倍達に師事した弟子の中では最初の黒帯だったようです。
旧大山道場の技術を残したいとこの本を執筆されたみたいです。

 パラパラと立ち読みしましたが写真の構えを見る限り少なくとも現在のフルコンルールのスタイルとは似ても似つかないものでした。動画を見たわけではないので渡邊先生の組手がどんなものかは判断しかねます。
ひょっとしたら第5回全日本大会決勝の山崎照朝vs盧山初雄戦に近いものかもしれませんね。この一戦は伝統派の先生方も評価する人が非常に多いです。

 WKFルールなどの寸止めポイント制はたしかに一般の人にはわかりにくいと思いますが私はそれで良いと思っています。
「試合」とは本来「試し合い」稽古を積んでいるもの同士がお互いの技術の一部の習熟度を確認しあう稽古方法というのが本来の趣旨であって、絶対的強さを証明するものでも観客を喜ばせるためのものではない。
もっとも伝統派の選手も勘違いして大げさな「残心ポーズ」などの小手先のテクニックで審判や観客にアピールするのが大勢いますがw

 それと五十嵐さんを含めて極真の方に「大山総裁は天才。誰も真似できるはずがない。」と崇拝する人が大勢います。
しかし、それって「強さ」と「上手さ」を混同してしまっているんじゃないかと思います。というかフルコン空手家の多くは「強さ」という評価基準しか持っていないというか、「強さ」を伴わない「上手さ」を小馬鹿にしているのかな?
「強さ」は真似できないけど「上手さ」は真似できる。ゴリラはほとんどすべての格闘家より強いけど人間がゴリラの真似をしたところで強くはなれない。空手家はゴリラより弱いけど空手の真似をすることで素人の人間は上手くもなれるし強くもなれる。
そこが人間の知恵が生み出した「技術体系」というもの。
 真似のできないあるいは真似をする気のない師匠につくことなんて時間の無駄。どんなに自分より高みにあろうと真似をして近づいてやろうと足掻くのが師弟関係なんじゃないかと個人的に思います。
 はたして渡邊一久氏の著書の大山道場の内容がどの程度の信憑性があるかは外部の人間にはわかりませんが、かつては確かに大山倍達を真似して近づこうとする弟子たちがいたのかもしてません。
Posted by 邪馬本 at 2013年04月30日 02:06
僕は人の意見に対して反論することは好きではありません。
でも名前まで出されて何も述べないという事も自分らしくないので少しだけ書かせていただきます。
確かに
僕は大山先生を崇拝する人間の一人かもしれないけれど
大山先生に対して様々な批判や史実があり、
先生自身、聖人君子ではないことは知っています。
(同じく根も葉もない噂もあることも)

僕はただ
己の信念のもと懸命に生きた人間大山倍達と空手哲学が好きで
その「生き抜く強さ」を含んだ空手道を自分なりに解釈して崇拝している。
ただそれだけなんですよ。

他流の事を小馬鹿にする気など無いのです。
他流の優れた部分を自分なりに理解しているつもりですし
間の取り方、組んでからの崩し、気合に礼儀作法、
型の美しさなど、好きなところは沢山あります。

強さを伴わない上手さというものに関してはよくわからないので否定も肯定も出来ません。

ただ、繰り返しになりますが他者を馬鹿にしたり否定する
考えは無いのです。
それはわかって頂きたいと思います。

(申し訳ありませんが、
今後こういうアンサーのようなものは控えさせて頂きます。
ブログ管理者の方も迷惑でしょうから)





Posted by 五十嵐 at 2013年04月30日 16:41
 大山先生が亡くなられてから、既に20年と言う歳月が流れましたが、まだ、大山先生の実像をありのままに、理解できるほどの時間は経っていないように思います。

 司馬遼太郎の言葉を借りれば、人間「大山倍達」の実像を理解するには、事実が、まだ生乾きの状態なんですね。

 大山先生の人間性、空手の技術レベル、実戦における強さ、それらの全てが、バランスよく評価され、その評価がありのままに受け入れられるには、今しばらくの時間を必要とするように思います。
 
Posted by 鷹野龍一 at 2014年05月02日 23:51
PS  大山先生の空手指導者としての実績も同様です。
Posted by 鷹野龍一 at 2014年05月02日 23:59
鷹野さん、こんにちは。そうたろうです。

おっしゃるとおり、人間「大山倍達」の実情を理解するには、まだまだ事実が生乾きの状態ですよね。

いくつかの評伝も出版されていますが、評価を定めるには時期尚早だと思います。

ご指摘ありがとうございます。

また、遊びにいらしてください。
Posted by フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ at 2014年05月06日 07:58
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