goshinbanner.bmp


2018年06月13日

無限に上達する方法◆フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ

武道具、格闘技、トレーニングアイテムの通販ならCHAMP(チャンプ)
↓【面白いボタン1号】
にほんブログ村 格闘技ブログ 空手へ
にほんブログ村
↓【面白いボタン2号】
にほんブログ村 格闘技ブログ 合気道へ
にほんブログ村
↑ このボタンどちらかをクリックしてみてください。
コメントが面倒な時でもあなたのやさしい気持ちが僕に伝わるようになってます。
記事の更新頻度がたぶんどんどん上がります(笑)。
今日も読んでくださってありがとうございます♪


ここ1ヶ月、合気道六段の指導員から
指導を受けています。

先日、ある有名な合気道師範の講習会がありました。

「そうたろうさんは、講習会に出席したの?」

と六段の指導員から聞かれました。

僕は有名な合気道師範の講習会には
久しく出席していないんです。


「術理が難しく、再現ができないから
 ここ数年、出席していないんです」

と回答しました。

すると、合気道六段の指導員から、

「うーん、それはもったいないよ。
 再現できないと思ったら絶対に再現できないよ。

 再現できない、と言ってしまう時点で、
 心に壁を作っている。
 
 壁なんて作るだけ無駄なんだから、
 いつかできるさ、という軽いノリで
 上手な師範の技をパクっちゃえばいい。

 つまり、いいとこどりして、成長して
 いっちゃえばいいじゃん、って話」

といわれました。


衝撃を受けました。

大いに反省をしました。

そうなんです。

「できないできない」

といって、自分の越えられない壁を
勝手に作っていたのです。


僕は後輩たちには、

「できないっていったら、本当にできないから
 楽勝、楽勝、と口癖のように行ってごらん」

なんてアドバイスしていたくせに、
自分自身は、できないといって壁を作っていたのです。

じっさい六段の指導員は、
進化し続けています。

僕はもともと、入門時に、この六段の指導員に
対応してもらって、合気道の凄さに魅了されたのです。

「この人、使える人だ。すげー」

と、当時、空手の全日本選手権で活躍していた
僕が、圧倒された人だったのです。

そっかー、自分で壁を作っていたら
成長しないし、上達しないよなー。

改めて、自分自身を反省し、
どんな達人の技も

「いつかできるさ」

というノリで、無限に上達していきたいと思いました。


⇒ こちらの注意事項を読んでからコメントしてください。
↓【面白いボタン1号】
にほんブログ村 格闘技ブログ 空手へ
にほんブログ村
↓【面白いボタン2号】
にほんブログ村 格闘技ブログ 合気道へ
にほんブログ村
↑ 今日の記事はいかがでしたか?
★へー、なるほど!と思ったら、面白いボタンをクリックしてください
★まだまだ修行が足りん!と思っても、面白いボタンをクリックしてください(笑)
コメントが面倒な時でもあなたのやさしい気持ちが僕に伝わるようになっています。
記事の更新頻度がたぶんどんどん上がります(笑)。
今日も読んでくださってありがとうございます。

posted by そうたろう at 07:00| Comment(2) | プロテクター(スネ当て) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そうたろうさん
ご無沙汰しております。
その後コンディションはいかがでしょうか?

今回のお話も非常に参考になりました。
六段の先輩のお話、
確かに自分で限界を設定してしまったら上達するものも上達しなくなってしまうかもしれません...

私も
もっとオープンマインドに、
もっと謙虚に関わる人や物事に接する事が出来れば
上達も早くなるし
世界観も広くなって人生が豊かになるんじゃないのかな?
なんて思ったりするのですが、実際は相手側と合わない場合もあり、なかなか実践するのは難しいです...

一方で
そうたろうさんの気持ちも理解できるような気がしました。
あくまで想像なんですが、あまりに高度な技術になると
「これは果たして実技として使えるのだろうか?」
という気持ちが出てきてしまい、あまり気が進まないのでは?
(違っていたらごめんなさい)

いずれにせよ心に壁を作らないって武道に限らず仕事や人間関係でも凄く大切なことだと思いました。

心の壁などは
自分と他の価値観、性質のズレから生じるものだと思うのですが
もしかしたら
それらを和合させるのが合気の真髄なんでしょうか?
自分とまるで異なるものを理解し、包み込み、同化しながら良い方向に向ける。
極めたなら最良の技かもしれません。
容易じゃないと思いますが...

それはさておき
そうたろうさんは空手も合気道も師範代の地位まで到達されているのに
日々、気付きを得ながら高みを目指して稽古に取り組んでおられること
本当に凄いと思います。
仕事、家庭、武道、両立し続けていくこと
なかなか出来ることじゃないです。

あと
私事で申し訳ないのですが
稽古再開しました。

休んでいる間、寸極めの空手道場を見学、体験しまして
技の正確さ、気合い、指導内容と実にしっかりしており大変素晴らしかったです。

ただ、18から極真の空手をはじめた私ですが長いブランクがあり、まだまだ納得が出来るレベルに達していないこと
今から他流の空手にシフトすることは教える側も大変なのでは?
その他、諸々の考えから結局、極真の流派に戻る事になりました。
40歳ではもはや10代のようなハードな練習は無理ですが
...
稽古の量と内容を工夫する事で
年齢にあった鍛練を重ねていく
という結論に達しました。
フルコン、伝統といった垣根、固定観念にあまり捕らわれず自分に足りないものを先達に学びながら
進んで行きたいのです。

前回の邪馬本さんの車体とエンジンの例え、大変解りやすかったです。
また年寄りになっても出来る沖縄の空手。
私はとても尊いものだと思いました。

今後もコメントを上手く表現する事が出来ず、ご迷惑をおかけすることがあるかもしれないのですが
若輩者の言う事、大目に見ていただければ幸いです。

長文失礼いたしました。


Posted by 五十嵐 at 2018年06月26日 00:52
心の壁の有り様は人それぞれなんですが、たまに指導者に傾倒しすぎて神格化のレベルまで持ち上げて「先生だからできる自分にはとてもとても」なんて言っているタイプのお弟子さんを伝統武術界でチラホラ見かけます。それは謙遜でも尊敬でもないから!と内心でツッコミを入れたりしています。自分もいつか先生に近づきたいなんて言おうもんなら「そんな思いは不遜」なんだそうなw
だいたい先生のレベルに近づこうとせず何が弟子か?道場はファンクラブじゃない。
まあこんな例は極一部にしか当てはまらないかもしれませんが。
私も入門した当初は全く理解不能な術理に触れた時はどうしたものかと思いましたが意外と当時できっこないと感じたことができるようになっているので、今できないこともいつかできるになるに違いないと根拠の無い希望を抱いています。
私も「術理」というものを意識したのは古流を始めてからなので競技格闘技しか経験が無いと「術理が違いすぎて理解できない」という感覚そのものがピンと来ないかもしれません。
競技格闘技の世界にも「これはとても真似できない!」という凄い人は当然いるんですが、その方向性は自分の身体能力では実現できないとか、そこまで到達する稽古量が気が遠くなるといった感覚で、やっていることが意味不明ということはありません。
ところが合気系や古流系なんかだと、なんでそんな現象が発生するのかそのものがチンプンカンプンという事態に遭遇します。
そういった不思議ちゃん系な演舞を実戦的でないと評価する人がいても当然ちゃ当然なんですが、その演舞の動作をそのまま実戦用法として使うのではなくて、その演舞の術理を理解することで実戦への応用力というか視点が広がるという効果があります。その視点の変化が起きなければ演舞であって演武になりません。
今まで理解出来なかった術理が再現できるようになった時って大概は自分関しては、「なんだ今まで散々基本で教えられて来たことじゃないか」と気付くパターンが多いです。そして自流の基本の再発見の切っ掛けを与えてくれるのが意外と他流の人との交流であることもあります。なのでどんな出会い機会も疎かにできないなとも思います。
Posted by 邪馬本 at 2018年07月04日 01:25
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: