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2009年01月09日

若いうちは筋肉がものをいう

若い中高生の男の子に
「強くなりたいんですけど、どうしたらいいですか」と
質問されたら、あなただったら、どう答えるでしょうか?

今の僕だったら、

「野球でも、サッカーでも
好きなスポーツをしっかりやってごらん。

身長が止まったら、ウエイトトレーニングで
筋肉をガッチリつけなさい。

余裕があったら、
空手をはじめ武道をやってみることをおすすめするよ。

あっ、合気道は今はやらなくていいからね(笑)」

と答えるでしょう。合気道の件は、本気です。
若いうちにはやらなくていい。

僕自身の体験ですが、
高校の頃からみようみまねで、
自宅の庭に小遣いを貯めて買った
バーベルで、ラガーマンの兄貴と競争して
思い重量を持ち上げてました。

重さが物足りなくなってくると
ホームセンターに行って
プレートを買い足すんです。

自分の体重と同じ重量をベンチプレスで上げられたときの
感動は今も覚えています。

大学に入って、本格的にウエイトトレーニングをはじめました。

1日5食以上食べてました。

道場に通い、暇な時間は大学のトレーニングルームに入り浸って
せっせとバーベルを上げたり、
大学の裏山の坂道をひたすら駆け上がったりして心肺機能を鍛えてました。

おかげで、60キロしかなかった体重が
70キロを越え、最終的には、76キロにまでなりました。
※ちなみに身長は170センチしかありません。

高校時代はやせっぽちでしたが、
大学の頃は、誰からも

「なにかスポーツをやっているんですか?」

とか
「いいガタイしてますね」

とか、
「Tシャツとジーンズが似合う男」と言われたりして、
得意になってピチピチのTシャツを着て
大学構内を闊歩してました。

中学、高校の頃は、華奢だったので、
自分に全く自信が持てないでいたのですが、

筋肉がついてからは、心も体も自信がつきました。

大学の頃から20代の頃は、怖いもの知らずで、
自信満々で生きていました。

現在も当時の体格かそれ以上の状態をキープしてますので、
今も、肉体自慢ですが(笑)、

体に自信があると心にも自信がでてくるのですね。

僕は、若い道場生たちにも
「筋肉をつけると人生変わるぞ」といっているんですが、
なかなか実行に移してくれる子がいない。

本当に変わるんだけどなぁ(笑)。

あなたにもそんな経験ありませんか?

筋肉をつけると人生ってかわりますよね、ゼッタイ。

今の僕は、筋力を超えた力を求めているのですが、
若い人には、ガッチリと筋肉をつけてもらいたいですね。
タグ:空手 合気道
posted by そうたろう at 06:50| Comment(6) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月06日

武道家よ、心もふところも豊かであれ

多くの武道指導者の経済状況は普通か、貧乏だと思います。

唐突にお金の話ですいません。

なかなか書きたくて遠慮して書かないでいたのですが、
思い切って書くことにしました。

武道界の活性化を願って、です。

若い人たちからあこがれの存在でないと、
誰も武道の指導者になろうと考えないでしょう。

ここでの、武道というのは、
大まかにいって、空手、合気道、
などです。

柔道、剣道などのメジャーな武道は除きます。

さて、
僕の身の回りの武道、武術の指導者って
みんな貧乏なんですよ。

僕の空手の師匠はちっぽけでオンボロで
築年数ウン十年で
しかもたった二間の借家住まいです。

道場経営のために随分と借金も抱えているそうです。

師匠の側近の先輩によれば、
一度道場を手放してやり直したほうがいい、
とまでいってました。

相当ヒドイ経営状況らしいです。

全日本チャンピオンになった
ある先輩は、昼間は宅配便のアルバイトで
夜は指導、という生活でした。

もちろん妻子ある人です。

もう一人の全日本で活躍していた先輩は、
指導員の給料だけでは、ろくに飯が食べられなくて、
僕が、給料日ごとにステーキをご馳走してました。

普段は、キムチの白菜漬けに白米だけだ、という
話を聞いてぶったまげました。

あなたの周りもそうなんじゃないですか?
武道専任の指導者はみんな生活が苦しいはずです。

一流の武道家は、精神的にも、肉体的にも、
資産的にも豊かであるべきです。

高級外車に乗って贅沢しろとはいいません。

別荘を持ったり、ヨットを持てとはいいません。

でも、アルバイトをして食いつなぎながら、
指導員をやるのは、やめてもらいたいなと思います。

「武士は食わねど高楊枝」なんて言葉があるように、
武道家は清貧であることが美徳とされている風潮があります。

でも、誇り高い武道家なのであれば、
本業でしっかりと稼いでほしいです。

柔道や剣道は、警察や高校の先生になれば
やっていけるシステムがあります。

でも、フルコンタクト空手や合気道では、無理なんですよね。

武道、武術の合理的な考え方をすれば、
道場経営でも資産形成でも人間関係でも成功できるはずなんです。

僕は道場経営をやったことがないので、
大きなことは言えないのですが、
彼らは決して頭が悪いわけではないし、

うまくやれるだけの能力はあると思うのです。

今後の空手、合気道界のためにも
指導員は豊かであって欲しいです。

僕は、道場経営は、やっぱりビジネスだと思うんですね。

会社勤めをしながら余暇で教えるのならまだ良いのですが、

職業として道場経営をする人は、
絶対マーケティングを勉強しないといけないと思うんですね。

世の中、需要と供給でできているんですよ。

道場生のことを顧客とまでは言いませんが、

道場生や親御さんのニーズをきちんとつかみ、

ほかの道場ときちんと差別化を図る。

試合に出るからには、きちんとした指導を施し
道場生を勝たせる、優勝させる。

ブランディングだって必要でしょう。

空手専門の指導員が本業だけで食べていかれる
いいアイデアありませんかね。

これからの武道界のためにも
知恵をしぼっていきたいと思います。
タグ:合気道 空手
posted by そうたろう at 18:22| Comment(3) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月20日

三戦(サンチン)の型を続けていて感じたこと★フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ

ここ1年ほど、三戦(サンチン)の型を集中的にやっています。

かかりつけの接骨院の先生から、

「そうたろうさん、三戦の型だけはしっかりやっときなよ」

とアドバイスされて以来取り組んでいます。

接骨院の先生は、
柳生新陰流剣術と大東流合気柔術、中国拳法の達人なんです。

そのほか、空手や柔道、各種武道も研究している人です。

どうして三戦なのかは詳しく教えてもらっていないんですけど、
達人からのアドバイスなんで素直にしたがっているんです。

多くのフルコン空手家は
型をそれほどやってきていないと思いますし、

僕もご多分にもれず、
型はヘタクソなんですけど、
続けているといろいろな
気づきがありますね。

三戦の型をやっていて
三戦立ちという立ち方って
奥が深いなあと痛感しています。

ご存知だと思いますが、
三戦立ちというのは、
内股にして、両足を八の字にして立つ立ち方です。

入門当初は、
なんてヘンテコなたち方をするんだ?
と不思議に思ったものです。

でも、この三戦立ちって、
身体意識を高めるにはもってこいの
立ち方なのではないでしょうか。

合気道では、仙骨を立てろ、とよく言われるんですが、
三戦立ちって、仙骨が立った姿勢なんです。

あっ、仙骨を立てるというのはどういう意味かわかりますか?

通常、人間の背骨は横から見るとS字のカーブを描いているものですが、
このS字を頭のてっぺんから骨盤まで、一直線にする姿勢です。

三戦立ちで立つと、
腸腰筋、大臀筋、腹筋で骨盤が固定されるのが
最近体感できてきたのです。

かなり安定した立ち方ですね。

腸腰筋、大臀筋、腹筋で骨盤が安定した状態を意識できると、
組手や実戦の時の構えに安定感がでるんじゃないでしょうか。

三戦の型の収穫はほかにもあります。

呼吸法を伴って、型を練るので、
酸素が大量に体内に取り込まれ、
健康法としてもかなり優れていますね。

それと、三戦立ちの脇と肘の締めは、
合気道の基本技、合気上げとか呼吸法に
そのまま応用できます。

一人で黙々とやっているんで、
まだ、多くの気づきはないのですが、
これからも発見があったら、また、このブログで
書いてみようと思います。

型稽古で身体意識を高めましょう。
posted by そうたろう at 07:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月17日

合気道家も基礎体力をつけておくべき★怪我防止のために

古武術や、合気道の世界では、筋トレに対しては批判的です。

宇城憲治先生の師匠の座波先生は
ランニングすら禁止していたそうです。

でも、僕は、あえて、古武術、合気道でも
筋トレは不可欠だと考えます。

筋トレといっても、
体をでかくするウエイトトレーニングではなくてもいいです。

空手時代から一環して、
僕は筋トレは怪我防止のためと割り切って
やってきました。

僕はベンチプレスで110キロ上げたからといって
パンチ力が上がったとは思っていませんでした。

スクワットで180キロ上げられるから、
蹴りが強いとは思いませんでした。

筋力と技の威力は別物だと考えてやってきました。

むしろ、自分の出した強いパンチ、強いキックに
自分の体が衝撃に耐えられる体を作ってきたのです。

ですから、僕はフルコンタクト空手の試合を10年やってきましたが、
肋骨を2回、胸骨を1回折った以外は、怪我らしい怪我はありませんでした。

もちろん小さな腰痛や膝痛はありましたけど…。

肉体と肉体がぶつかり合う空手で
大きなケガもなくすごすことができたのは

しっかりとウエイトトレーニングを行い
筋力をつけてきたからです。

筋力と技の威力は別物という考えは、
僕の空手の師匠、先輩からは理解してもらえませんでした。

そんなわけねえだろ、といわれてきました。

しかし、以前、極真会の成嶋竜選手が、
雑誌のインタビューで僕と同様に
「ウエイトは怪我防止のため」といっていて、
うれしかったことを覚えています。

合気道の仲間たちは、
やっぱり筋トレをしていないので、怪我が多いです。

年齢のせいもあるでしょうが、
僕のみるところ完全に筋力不足で、関節や腰などが弱いのです。

これってどうなんでしょう?

肉体を駆使する
武道家として、情けなくないですか?

初歩的な力学の法則をしっていればわかることだと思いますが、
自分の出した技の威力は、自分にそのまま帰ってくるんですね。

ですから、技の威力がある人ほど、
しっかり自分の技の威力を受け止めるだけの体力が必要なのです。

どんな技でも筋力に頼ってはいけません。

でも、自分の出した技の威力に耐えられるだけの筋力は
備えておかなければいけないのです。

合気道家もしっかりと
基礎体力はつけておかなければいけないのでは
ないでしょうか。
posted by そうたろう at 06:00| Comment(5) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月10日

技術をわかりやすく体系化して伝えることの難しさ★フルコンタクト空手家、合気道を学ぶ

技術や情報をわかりやすく体系化して伝えるって、
とってもむずかしいことだと思いませんか?

最近、ビジネス書を読みまくったりしているんですが、
欧米のビジネス理論って、
すごく科学的で体系化されていて、わかりやすいんです。

僕は、本業が書店員なので、本には結構、うるさいんですよ(笑)。

欧米って、ノウハウをマニュアル化したり、
体系化するのがすごく上手だとおもいませんか?

一方、日本、とりわけ武道の世界って、
マニュアル化、体系化がうまくないなと思います。

確かに、武術は体の大きさなどが影響しますし、
ある意味やむをえない点でもありますが。

さて、
僕が、このことを意識したのは、
正道会館が常勝軍団として活躍していたころですから、
かれこれ、十数年前です。

佐竹選手、柳沢選手、角田選手らが、
他流派の大会に出場して大活躍していた頃のことです。

あの頃の正道会館勢って、ホント強かったですよね。

覚えている方、いらっしゃいませんか?

極真や佐藤塾、白蓮会館の全日本大会で
上位独占なんてこともあったように記憶しています。

当時、各流派の地方大会に出場すると、
正道会館の闘い方をモロまねしている選手が
とっても多かったです。

技術にも流行というものがあると思うんですが、
当時は、誰もが、正道会館流の闘い方をしていました。

石井元館長が、レバー打ちに注目し、
ミドルキックを中心に攻撃を組み立てていました。

当時は、石井元館長の理論が、実にわかりやすく、
なんて頭の良い人なのだろうと関心しました。

武道の世界には珍しく、
技術を体系だてて伝えることが
上手だったのだろうと思います。

石井元館長のほかに、体系だてることが上手だったと思うのが、
芦原会館の故芦原英幸館長と、極真会館城西支部長の山田雅稔先生ですね。

石井元館長は、芦原館長の元弟子ですから、
芦原館長の薫陶を受けたせいでしょう。

長年、フルコンタクト空手にかかわってきた僕の経験からいっても、
正道会館、芦原会館、極真城西支部のメソッドはすばらしいと思います。

センスや才能に関係なく、
きちんとメソッドに沿って練習をすれば、
それなりの成果をあげられる技術体系だと思うのです。

もちろん長年続けていけば、
大きい選手と闘うには限界があり壁にぶち当たると思うんですが、
新人戦や地方大会で上位入賞するには十分すぎる技術体系でしょう。

どうして、芦原館長、山田雅俊先生、石井元館長は、
体系化するのに長けていたのでしょう。

頭がいいといってしまえばそれまでなのですが、
視点が独特なんだと思いますね。

視点が独特、といってもわかりにくいので、もっと噛み砕いてみますと、

1、技術を俯瞰(ふかん)できているというか、全体を見る目をもっている

2、そして、真逆の発想というか、さまざまな角度からモノをみることができる人である

3、たとえるのが上手である

ということなんではないかと思います。

正道会館の稽古体系って、
組手(もしくはスパーリング)からはじまるというのは有名ですよね。

スパーリングをやって、
フックが苦手、とか左のハイキックがダメとか、
顔面ガードが下がるといった問題点をあぶり出し、
その問題点を技術練習やミット打ちでつぶしていく、というやり方です。

それまでの多くの道場が、
基本稽古→移動稽古→型→組手という順番で進めていくのを
真逆のやり方で、やっていくというわけです。

このやり方って、成功哲学とかビジネスの目標達成法そのままですよね。

結果から逆算しろ、とか会社の研修で習ったりしませんでしたか?

石井元館長は、
ビジネスの発想をそのまま空手に
当てはめたんじゃないかと思っています。

そして、選手たちが数々の試合に出場し、
ノウハウを蓄積し、体系化させたのが
正道会館の稽古体系なのでしょう。

合気道や古武術の技術を
誰にでもわかる言葉で説明できないものでしょうか。

甲野善紀先生や宇城憲治先生が、多くの技術書を出し、
テレビ出演などしてわかりやすく説明してくれていますが、

断片的ですし、すぐにはできないものばかりです。

どうしたら技術をわかりやすくまとめ伝えることができるのでしょうか。

これからの僕の課題ですね。
タグ:空手 合気道
posted by そうたろう at 06:49| Comment(6) | TrackBack(0) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月10日

伝統武術家よ闘うな★中国武術家との対話から感じたこと

先日、中国武術歴10年の人と話す機会がありました。

もう今はやっていないそうですけど。

僕自身、中国武術には並々ならぬ興味がありますから
へぇー、と思ってあれこれ聞いてみました。

発勁の威力が強大なことで有名な流派です。
ご存知の方はご存知でしょうね。

この青年のやっていた道場では、
中国拳法では珍しく?組手をやる流派だったそうです。

試合中心の稽古に、何か違和感を感じて
この青年は中国武術の道場をやめてしまったらしいんですけど。

この流派でやっている組手のビデオを見せてもらったんですが、
残念でしたね。どうみても中国拳法ではない。

フルコンタクト空手なんですよ。

顔面ガードをした構えから、ワンツー、ローキックを出している。

僕は、うーむ、と考え込んでしまいましたね。

どうして、こんなフルコンタクト空手の真似事をしてしまうんだろうかと。

僕は、フルコン空手を散々やってきている人間ですから、いうんですけど、
伝統武術をやっているところは試合なんかやんなくていいですよ。

もっと先人の技を大切にしたほうがいいと思います。

それが伝統派たる所以でしょうから。

フルコンのルールをやると、結局、ワンツー、ローキックの技術が一番闘いやすいんですよ。

つまり、コンビネーションですね。

伝統武術の先人たちは、フルコン形式の試合を想定して、技術体系を作り上げているわけではないのです。

ごくたまにフルコン形式でやるぶんにはかまいませんけど、大会として
試合をやるのはナンセンスだと思います。

フルコンルールでやること事態、もうフルコンの土俵で闘うわけですから、
フルコンに適うわけがないのです。

これ、侮辱しているんじゃなくて、真実を言っています。

空手家が総合格闘技の試合にでたらボコボコにされるのと同じことです。

どうして伝統武術の中には変にフルコンを意識してしまう人たちがいるのでしょう?

僕の通う合気道の道場でもそうなんですけど、
変に空手を意識して対抗技を指導員たちが考えたりしています。

そもそも空手と本当に対決する気があるのか?

と僕は疑ってしまいます。

フルコン形式の試合をやりたければ、素直にフルコンタクト空手の道場に入門すればいいんですよ。

いやというほどスパーリングをやらしてあげますから(笑)。

僕が相手してあげてもいいですね(笑)。

僕のように散々、フルコンの世界に関わってきた人間からすると、中国拳法は中国拳法の技術をしっかり学べばよいし、

古武術をやるところは先人の技術を忠実に繰り返し稽古すればよいと思うのです。

合気道開祖、植芝盛平翁が試合をすることを厳禁していたのは、試合をすることで、技術が偏ったり、悪い意味で変化することを恐れたからだと思います。

空手がそのいい例ですよね。試合偏重主義でやってきてしまったからこそ、伝統の技がすっかりなくなってしまっている。

試合で使わない技、たとえば、手刀とか貫手とか鉄槌とか金的蹴りとかは練習しなくなってしまうんです。

投げや関節技を稽古する空手道場はどれほどあるのでしょうか。

伝統武術の流派に空手と同じ道をたどって欲しくはないのです。

そんなに試合形式がやりたいのであれば、空手の新人戦に出場すれば、いい経験になります。

若い高校生や大学生あたりにボコボコにされれば、いろんな気づきが得られると思うんですけどね。

伝統武術は伝統武術の技術を追求し、先人の教えを探り、向上していっていただきたい、と切に願います。
タグ:空手
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2008年11月02日

「この一球は絶対無二の一球なり」松岡修造の気迫は武道に通ず!

最近、バラエティ番組ではすっかり有名になった元テニスプレイヤー
松岡修造はご存知ですよね。

1995年のウィンブルドンのテニスの試合でベスト8入りした時の試合の話です。

今も元気一杯の松岡修造ですが、M・ジョイスとのベスト8をかけた試合の気迫はマジすごいっす。

サーブを打つ前に、松岡修造がこう叫ぶんですね。

「この一球は絶対無二の一球なり」

本当に叫んでますよ。
Youtubeでご覧ください。



そして、当時最速といわれたサーブを放ち、いくつかの球の応酬の末、M・ジョイスを撃破するのです。

その歓喜の様子もスゴイんですけど(笑)。

いやー、松岡修造、今ではすっかりバラエティ番組には欠かせないキャラで活躍してますが、この映像を見たときは鳥肌が立ちました。

「この一球は絶対無二の一球なり」っていう言葉は、日本テニスの先駆者、福田雅之助の『庭球規』からの引用らしいんですけど、いろいろ考えさせられる言葉であります。

薩摩の必殺剣法示現流の初太刀(最初の攻撃)にかける意気込みに
相通ずるものがありますね。

新撰組の近藤勇をして「薩摩の初太刀は外せ」と言わしめたほどの
剛剣だったのです。

僕はDVDで薩摩の示現流の剣術をみたことがありましたが、
悲鳴というか断末魔の叫びのような「キェーイ」という気合もろとも
打ち込んでいくのです。

この独特の気合は、こけおどしの掛け声などではなく、いつも自分を命がけの心境にして悲鳴に近い最後の越え尾を振り絞って打つためなのだそうです。

示現流剣術では昔から「初太刀にすべてをかけ、ニの太刀は負けと思え」と教えられているそうです。

僕ら空手家が試合に臨むときに、これだけの気迫で技を繰り出すことがあったでしょうか。

実際、試合では狙った技はたいてい入らないものなので、難しいのですが、

松岡修造なみの気迫で強敵に相対していたら、一方的に押しまくられて負けるということはなかったでしょうね。

「この一球は絶対無二の一球なり」

心に留めておきたい言葉です。
posted by そうたろう at 07:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月07日

極真はなぜ分裂しつづけるのか★琉球空手ばか一代

先日、興味深い本を読みましたので、紹介させてください。

もう、読んでいるかもしれませんね。

琉球空手、ばか一代』です。今野敏という小説家が書いた本なのですが、小説じゃないですよ。

現役の空手師範なんですね、今野さんは。

内容は、今野さんの空手修行を面白おかしく描いたエッセイ的な自伝です。

でも、ところどころ考えさせる個所がありました。核心をついているというか…。

いくつか紹介してみましょうか。

古流空手でもっとも多く使われるのは正拳、つまりゲンコツだ。拳を握り、それで突く。それがなにより多い。次に多いのは前蹴りだ。横蹴りや回し蹴りという技術は古流空手にはない。

それだけ技術が未発達だったのだという人もいるが、私はそうは思わない。必要がなかったのだ。
古流の空手は示現流の要素と中国武術に加味して生まれた。剣術の奥義は間合いと拍子。つまり距離とタイミングだ。それを突き詰めていけば、回転技などの大技は必要なくなるし、力量が伯仲している場合は大技を使うのは自殺行為ですらある。

また古流の空手は一生を通じて修行するものだった。若い時代は股関節も柔らかく、横蹴りや回し蹴りを出すことを苦に思わない。だが、年をとるにつれてどうしても関節は硬くなる。

特に股関節を開くことは難しくなってくる。正面をまっすぐに蹴る前蹴りは、簡単なので、初心者にとって学びやすいだけでなく、年をとってもできる技だ、つまり、前蹴りは空手人生の最初に学び、最後まで残る技というわけだ。p21

横蹴りや回し蹴りというのはやっぱり古流の空手にはない技だったのですね。横蹴りはまだしも、回し蹴りというのは明らかにムエタイの影響でしょうから。

たしかに、古流の型は、正拳突きと前蹴りがほとんどですもんね。

僕が目からウロコだったのは、空手は薩摩の必殺剣法「示現流」の理合も加味しているというのが興味深かったですね。

中国拳法の流れを汲んでいるだけだと思っていましたから。

たしかに、空手を学ぶものは基本技として手刀うちを練習する。だが、古流の型の中に手刀うちはほとんど登場しないのだ。手刀は受けでつかわれることのほうが圧倒的に多い。
そして、手刀受けというのはそのまま目打ちの技として転用される。

心道流空手道の最高師範である座波仁吉(ざはにきち)先生が次のようにおっしゃったことがある。「手を開いて使うのは、中国武術。ゲンコツを使うのが沖縄の空手」。

つまり、空手の特徴というのはあくまでもゲンコツなのだ。そして手刀という技はあるにはあるが、それは攻撃の技として使われることはほとんどなく、多くの場合、受け技として使用される。

むしろ、空手より合気道など柔術系でよく手刀を使う。古流の柔術や合気道は剣術がもとになっている。剣の変わりに手を使おうとすると、自然と手形なの形になる。関節をきめるときも、投げ技の時も基本は剣を振る動作だ。そのときに手刀が使われる。p22


手刀も基本で散々やりましたけど、古流の空手にはないのは意外でした。座波先生(今、空手界で話題の宇城憲治師範の師匠)がおっしゃる「手を開いて使うのは、中国武術。ゲンコツを使うのが沖縄の空手」という言葉も興味深いですね。

確かに中国拳法だと八卦掌などはほとんどが手を開いて使いますし、僕のやってる合気道でも手刀は多用します。

次の文章もイタイですねー。でも、フルコンタクト空手を長年やっていれば、納得しますよね。極真をはじめとするフルコンタクト空手諸流派の分裂の原因を分析しています。

当時極真会館は全盛期で、おそらく入門した人々の多くは、あの劇画を信じて疑わなかったのだろう。それが神秘というものだ。おかげで空手人口は飛躍的に増えた。少年今野のような、潜在的な空手人口を入れればたいへんな数だったと思う。そのまま維持していけば、草野球やサッカーに負けないくらいのスポーツに成長していたかもしれない。

だが、空手は衰退していった。その理由も明らかだ。多くの空手入門者たちは、極真の実態に失望したのだ。私は、極真カラテを批判しているのではない。私自身の周辺に見られる事実を言っているのだ。極真カラテというのは革新的な空手を標榜していた。それはいいことだ。多くのファンを獲得したことでもその魅力は証明されている。だが、時を経るに従い、一人一派の風潮が生まれ、次々に分派を作る羽目になってしまった。

なぜそんなことになってしまったのか。伝統という背骨がなかったからだ。根っこが脆弱なのに、大きく枝葉を広げすぎた木のようなものだ。根っこは大山倍達のカリスマ性だったのだ。極真カラテの関係者が、もしこの文章を読んでいたら気を悪くするかもしれない。

繰り返すが、私は批判をしているのではない。だが、支部によってやることが違ったり、指導者によって体系が違ったりする実態をどう説明するのか。それで一つの流派と言えるのだろうか。p80


確かに、フルコンタクト諸流派にかけていたのは伝統という背骨(バックボーン)がなかったからですよね。

だから、数見肇や岩崎達也は、極真を離れ、宇城憲治の元で修行しているわけです。現役を引退したら物足りなくなったのでしょう。

僕ごときが生意気ですが、今の空手道場から学ぶものはそれほど多くないと思っています。

試合第一主義の空手流派は、現役を引退したら、後輩を育てることしかやることがなくなっちゃうんですから。

あと、やっぱり武器ができない空手家は意外と多いのですが、やっぱり問題だと思います。空手の型を丁寧に分解していくと、棒術の技術なんですよ。

たとえば、平安Uの最初に出てくる受けは完全に棒の受けから打ちの動作ですよね。棒術の理解なくして型の解釈をしちゃうと、やっぱりおかしなことになってしまうのです。

僕も、今野さんのような空手原理主義者(空手の原型にこだわる人)になりそうだなぁ(笑)。

いろいろな気づきがもらえる本だと思います。

あっという間に楽しみながら読める本なので、ぜひご一読を。
(『義珍の拳』もオススメです)
posted by そうたろう at 16:58| Comment(8) | TrackBack(1) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月24日

芦原英幸は天才だった★フルコンタクト空手修行者必見の一冊

芦原英幸伝我が父、その魂』という本はもう読みましたか。

芦原会館二代目館長の芦原英典氏に小島一志氏が取材して書いた本です。

劇画『空手バカ一代(2)』の格闘シーン以上に、様々な武勇伝が次から次へと出てきます。

空手バカ一代(2)はほとんどが虚構だというのは、いまや常識ですが、あの劇画以上の凄みを持ったのが芦原英幸先生だったんですね。

この本を読むと、芦原英幸という人はやっぱり天才だったのだということがよくわかります。

芦原英幸先生のどういう点が天才だったかというと
技術面もかなり高度なレベルまで達していたことはもちろんのこと、
それまでアバウトだったフルコンタクト空手を誰でも強くなれる体系にまで落とし込んだ点がスゴイと思いました。

とにかく芦原英幸氏はアイデアマンなんですよね。ただ発想が時代を先取りしすぎていた感があります。

ようやく今ごろになって時代が芦原英幸先生に追いついたような気がします。

いまやすっかり世の中に定着したK−1も
元々、芦原英幸先生のアイデアだったという話を噂で聞いたことがあります。

極真会館を破門になってからの苦労というのは相当なものだったようです。この本を読むととてもよくわります。

印象に残った個所をいくつか挙げてみましょうか。

昔の極真って、やっぱりおっかないところで、破門した弟子の命を極真の連中が狙ってくるんですね。

時代劇などでいう上意討ち(主君の命を受けて、罪人を討つこと)ってやつです。

アメリカで活躍中の誠道塾空手の中村忠先生もピストルで撃たれたそうですし、芦原館長もやっぱりピストルで狙われています。

この本を読むまでにも、中村忠先生や芦原先生のピストルで狙われた話は空手仲間の間でまことしやかに伝えられてきた話だったのですが、本当だったみたいで、ゾッとしました。

芦原先生の発想がどれくらい先を進んでいたかが分かるのが次の文章です。

ちょっと長いんですけど引用させていただきますね。

元々、当時の大山道場では突きは正拳、蹴りは「中足」の前蹴りや回し蹴りくらしかなかったと聞いていています。その中足の回し蹴りを「背足」で最初に蹴ったのが父(芦原英幸)だとか、ローキックを使い始めたのが父だとか、後ろ蹴りや後ろ回し蹴りを開発したのも父だとか……、そういう話は複数の人たちから聞いています。考えてみれば、背足の回し蹴りやローキックは元を正せばムエタイのオリジナルですけん。ようは、それを実際の組手に取り入れて、応用したのが父ということだと思います。極真会館の第一回全日本大会で優勝した山崎(照朝)先生や、添野先生にローキックのけり方を随分教えたようです。p126


最近、極真空手で「ブラジリアンキック」なんて呼ばれている変則回し蹴りがあるでしょ?膝から上を回転させて振り下ろすような回し蹴りです。あれなんか、父が極真会館の指導員をしていた頃、すでに使っていたんです、組手で。蹴っている写真も残っていますが、当時の本部道場の後輩だった人も認めています。p126


現在のフルコンタクト空手の中心技術である回し蹴りの先駆者が芦原先生だとしたらやっぱりスゴイですね。

ブラジリアンキックの件も、芦原英幸に薫陶を受けた磯部師範がブラジルでブラジル人に教えたのだとしたら、ありうる話です。

現代にも通じる技術を開発した芦原先生はもっと評価されてもよいかもしれません。

芦原会館も、円心会館、正道会館、心体育道、SDトルネード、英武館…などに分裂してしまったのが残念ですが…。

フルコンタクト空手に携わるものなら読んでおいて損はない一冊です。

芦原英幸伝我が父、その魂』←←←詳細はここをクリック
posted by そうたろう at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月11日

柔道内柴選手の金メダルと内臓力



北京オリンピックが開幕しました。
北京と東京は時差がわずかしかありませんから、
選手の体調管理はしやすいでしょうし、
観衆である我々も、夜更かししなくてすみますね。

日本人選手団にはぜひ頑張ってもらいたいです。

そんな中、
柔道の内柴選手、やってくれましたね。

特に、優勝が決まった後、観客席に向かって「ひかるー、ひかるー」と4歳の息子さんに声をかけていたシーンは、カッコ良かったです。

僕自身、父親として、あんなシーンを迎えてみたいなと思います。
僕も試合に出ていた頃、長女が生まれていました。
試合場に来てもらいましたけど、入賞はできませんでしたから。

子どもに自分の一番輝いているシーンをみせる、
これは父親としての最高の夢なんじゃないでしょうか。

さて、オリンピックをみていて感じることは、
「人種、民族の差」です。

別に差別という意味ではなくて、
日本人は、肉体的にかなりハンデがあるな、ということ。

犬にたとえていうとシェパードVS柴犬みたいな図式です。
なんかものすごく知恵を使わないと勝てない気がしませんか?

その肉体的な差を僕は「内臓力(ないぞうりょく)」という切り口で
分析してみました。

体の大きさはもちろんですが、内蔵の強さっていうのもあるんじゃないかと思うのです。
つまり、食事ですね。

食事内容ってやっぱり大きな差になってきてしまうのではないかと考えたのです。

僕自身の体験も交えながら話を進めますね。

僕も空手の試合や、合気道で外国人と組むことがあります。

やっぱり、パワーが圧倒的に違うんです。

根本的な何かが。

僕の勝手な解釈ですけど、
食事が違うんですよ、我々日本人と外国人とは。

僕は、海外旅行が大好きで、
毎年、妻と娘を連れてあちこち
好き勝手な旅を楽しんでいます。

イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、カナダに行きましたけど、胃がもたれるんですね。

血がにごってくるのが、体感としてわかるんです。

朝からハムやチーズや乳製品、そしてたっぷりのバター。

昼はこってりとしたパスタ。

夜は、肉汁たっぷりのステーキ。

和食を食べなれている僕らには、脂たっぷりでこってりした料理は、胃腸が疲れてしまうんですよ。

僕の海外旅行にはキャベジン(胃腸薬)が不可欠なんです。

そして、どこの国にも中華街というのがからなずあって、中華を食べるとホッするんです。

日本でも中華はよくたべますから、安心できるんです。あなたにもそんな経験ありませんか。

じゃあ、アジアなら大丈夫かというとそうでもない。

モンゴルに行ったときには、羊肉に参りました。

羊は肉にクセがありますから、あの独特の臭いにはうんざりしちゃうんです。

でも、モンゴルの女性たちは、巨大な骨付きの羊肉をガツガツとむしゃぶりつくようにしてたべるんですね。塩茹でにしたゴツイ骨付き肉を、です。

お茶を飲んで一服しようとすると、羊だか山羊の乳が入っていて、これがまた臭い。

モンゴルに数日いただけで、自分の体臭が羊の臭いになったのがすぐにわかりました。
モンゴル人たちが、相撲の世界や格闘技の世界で活躍しているのはご存知のとおりです。
羊肉をガツガツ食べるモンゴル人女性をみて、モンゴル人の底知れぬパワーをうかがい見たような気がしました。

和食は、体によいし素晴らしい食事だと思います。世界に誇れる食事だし、世界から注目されているというのもよくわかる。

でも、外国の選手たちは、高たんぱく、高カロリーの食事をきちんと胃もたれせずに咀嚼し、吸収してしまうんです。

その上で科学的なトレーニングを徹底して行う。やっぱり海外勢は強いんですよ。

以前、正道会館の角田選手が、「海外勢と日本人選手とは肉体的にスタート地点が違うんです」、といっていたことがありますが、本当にそう思います。

山本KID徳郁も雑誌のインタビューでそんなことをいっていたのを読んだことがあります。

現在は、プロテインをはじめとするサプリメントも普及し、オリンピック選手たちも愛飲しているのでしょうけど、日本人はどこまでサプリメントを吸収できているのでしょうか。ちょっと疑問に感じるところです。

日本人が国際舞台で勝利を収めていくには、欧米人と同じことをしていてはだめなんだろうと思います。

伝統的な武道武術などから、ヒントをもらって頭を使っていくしかないのではないでしょうか。
posted by そうたろう at 10:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月12日

ブロック割は痛いでしょ

今日は、おもしろい映像をyoutubeでみつけたので、
あなたにもシェアさせていただきますね。



ちょっと重たいかもしれません。
気長にご覧ください。

吊るしたブロックを正拳で割るんですが、
大山倍達館長が、「割れたら、初段は弐段、弐段は参段にするよ」なんていっています。

茶帯、黒帯がことごとく失敗するんですが、
見ていて、ホント痛そうです(笑)。

僕も、試し割りを失敗したことがありますが、
失敗すると、衝撃がモロに自分に戻ってくるんで、
メチャ痛いんですよね。

そこに登場するのが、「試し割りの南里」といわれた
南里師範。

見事に割るのはさすがですね。

大山館長の豪快な性格がよく表現されていて、
楽しめました。

youtubeって面白いッスね。
posted by そうたろう at 19:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月15日

これはすごい!太気拳VS極真空手★極秘映像の紹介

最近、YOUTUBEが面白いな、と思ってよく観ています。

こんな映像が出ちゃっているのは衝撃でした。



実は、私、この映像、10年ほど前に空手仲間からみせてもらったことがあります。

空手界で裏ビデオと呼ばれていて(笑)、空手関係者しかみられない極秘映像でした。

恐らく、極真館の盧山館長が太気拳と交流が深いので,その時の交流試合の映像が流出したのでしょう。

最初に登場するのは、極真会館の松井章圭館長でしょう。

太気拳と対決して、松井館長らしい動きを見せているものの、だいぶ動きが制限されてしまっている感があります。

松井館長の伸びるような前蹴りが、光っていますが、やっぱり顔面掌底ありの組手だと、上段回し蹴りはなかなか出せないのですかね。

こんな裏ビデオがでまわるインターネットってすごい世界です。

これからも面白い映像があったらどんどん紹介していきますので、お楽しみに。
タグ:極真空手
posted by そうたろう at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月28日

回し蹴りは本当の技なのだろうか?★空手からの気づき

長年、空手をやってきて
ふと、最近、感じることがあります。

回し蹴りって、究極の技ではないよな、と。

僕の先生や、先輩方は、
回し蹴りの達人と呼ばれ、
空手雑誌で何度も特集記事を組まれたことがあります。

そして、現役時代のエピソードをお伺いすると、
それこそ、キックミットを1日1万本蹴っていたそうです。

僕も、スネ毛がなくなり、スネは相当鍛え込みましたけど、
毎日1万本は蹴らなかったと思います(汗)。

そして、その毎日1万本、蹴っていた師範たちは
今現在、どうなったか?

確かに、いい蹴りを今でも繰り出します。

でも、やっぱり現役時代の姿を見ている
僕らからすれば、衰えているのです。

明らかにキレがなくなっている。

素人目にみたら相変わらず、スゴイのだと思いますが…。

回し蹴りって、元々、古伝の型にはなかった技です。

腰より上は蹴らなかったって聞いたことがあります。

恐らく、ムエタイやキックとの交流で導入された技でしょう。

実は、回し蹴りって、理に適っていない技術なのではないでしょうか?

後ろ回し蹴りももちろんですけど。

数見肇だって、砂袋を散々蹴り込んでも試合ではやっぱり足をいためている。

芦原空手の指導員を勤め、アメリカのサバキチャレンジで優勝経験もある
吉田誠(広原誠)さん(現在、心体育道を創始)だって、回し蹴り、後ろ回し蹴りなどを使えない技として捨ててしまいましたもんね。

足刀での横蹴り、関節蹴り、や前蹴りが年齢を重ねても使える蹴りなのだろうと思います。

毎日1万本蹴っても、いずれは衰えてしまう技術って
なんだか悲しいと思いませんか?

posted by そうたろう at 08:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月26日

あなたの武道は人生の危機を救ってくれますか?

先日、久しぶりに、空手の先輩に会いました。

全日本選手権で活躍され、その活躍の様子は雑誌にも
大きく取り上げられていたほどでした。

その先輩と僕は年齢も近く、青春時代、道場で共に汗を流し、
苦楽を共にしてきました。

ここ7年くらいは、年賀状のやり取りだけになっていましたが、
ふとしたきっかけで、飲むことになったのです。

先輩は、ここ数年で
様々な人生の苦労を経験されていました。

事業をたたみ、離婚を経験され…
心療内科にも通ったそうです。

現在は、事業も成功し、上昇気流に乗って、
すっかり元気になられました。

辛い時期に精神的な支えとなったのが、
空手の稽古の経験だったそうなのです。

僕らの先生は、試合は修行の一環としか考えておらず、
試合向けの練習を非常に嫌っておりました。

若い僕らは、試合のことしか頭にありませんでしたので、
道場での地味な稽古が苦痛で苦痛で仕方がありませんでした。

ひたすら前屈立ちからの移動稽古や
前蹴上げなど1000本近く蹴らされたり、
という地味な稽古をひたすら続けていました。

少しでも気が緩むと、竹刀が背中、お尻を問わず、
バチーンと飛んできます。

真夏の熱い時期は、完全に稽古途中から
意識が飛んで、気が付いたら、稽古が
終わっていた、なんてこともしょっちゅうでした。

先輩が苦しい時期に
心の支えになったのは、
地味な道場稽古の経験だったのです。

先日、先輩が空手の恩師と食事をしたそうなのですが、
「苦しい時期に、僕を助けてくれたのは、
道場稽古の経験でした。ありがとうございました」と話したら、
先生は、涙を流して喜ばれたそうです。

教育の成果というのは10年、20年のスパンで
考えなければいけないものなのかもしれません。

先生は、試合の勝者になることよりも
人生の勝者になるように僕たちを仕向けていたのでしょう


この話を聞いて、
僕は、あれこれと考えさせられました。

フルコンタクト空手は、
突き詰めてしまうと所詮スポーツ空手

でも、
人生の辛いときに、僕らの精神的な支えとなって
助けてくれる。

合気道は奥が深くて素晴らしく、
人生を豊かなものにしてくれるけど、
人生の危機を救ってくれるだろうか?

辛かった地味な基本稽古、移動稽古は
間違いなく僕らの血肉と化していたのです。

延長、延長で肉体の限界点を越えながら、
勝利をもぎ取った試合の経験も
人生の危機を乗り越える手助けをしてくれることでしょう。

やっぱり、空手は素晴らしいと
再認識させられた出来事でした。

宇城憲治の空手や、甲野善紀の理論はすごい。

でも、人生の危機を救ってくれるでしょうか?

人生の危機を救ってくれるのは、
案外と汗と涙の量や限界を超えた稽古の経験かもしれません。

あなたの空手は、
人生の危機を救ってくれますか?
posted by そうたろう at 09:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月15日

お酒と武道家★お酒は本当に必要か

武道家というと、
酒豪とか、大酒のみという
イメージを持っている一般人って多いと思います。

実際、
武道の世界って
お酒好きが多いですよね。

中には、一滴も飲めないって人も
おりますが…。

僕は、
20代の頃は、それこそ
記憶を無くすほど飲んだ口なんですけど(笑)、

35歳を過ぎることからは、
翌日に激しい頭痛に悩まされるようになりました。

今では、中ジョッキ2.3杯が程よいので、
深酒は全くしなくなりました。

僕の空手の師匠も合気道の師匠も
もうすでに60歳を越えていますが、
ムチャクチャ大酒のみです(笑)。

お二人とも、内臓疾患を抱えているほどです。

僕が不思議でならないのは、
身体感覚を大切にする武道家が
どうして、身体感覚を狂わす
お酒を飲むのか、ということです。

歴史を紐解いてみても
達人レベルの武士が
酩酊したところをバッサリ斬られる事件は
多々あります。

幕末の志士と言われた人たちの多くが
酒席、もしくは帰宅途中に
落命しています。
(清川八郎なんてその筆頭でしょう)

いずれも免許皆伝クラスの
達人たちです。

確かに
稽古後のビールはうまい。

これは武道家の誰もが
認めるところでしょう。

師範方は、
「身体感覚の重要性」を
いっている割には、

お酒に対して寛容すぎます。

内臓疾患になるほど飲むのは
絶対ナンセンスだと思います。

宴会は楽しいものですけどね(笑)。

武道家として大成したいのであれば、
お酒はほどほどにしたほうが
良いのではないでしょうか…。
posted by そうたろう at 08:28| Comment(4) | TrackBack(0) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月06日

宇城憲治ブームにモノ申す!

先日、合気道の道場でのできごと。

稽古が終わったあと、しきりに
空手の突きを練習している奴がいたんです。

そいつは、時々、稽古が一緒になる奴で
お互い面識がありました。

「それ、空手でしょ。空手やってるの?」と僕が
きくと、最近、宇城憲治の月一回の実践塾に通う人に
教えてもらっている、とのこと。(→つまり、わかりやすくいうと宇城憲治師範の孫弟子にあたるってことですかね)。

僕が、フルコン空手の弐段だということを
知らなかったみたいなので、
「空手のことなら俺にきいてよ」といいました。

すると、突然、
「そうたろうさん、サンチン立ちでたってください」と
いわれまました。

僕がサンチン立ちで構えると、
横からグイっと押してきました。

僕は、ぐらつきました。

僕らの道場では、
サンチンの型の意味をおしえてもらいませんでしたし、
あくまでも形骸化したものをなぞっていたにすぎませんでしたから、
当然です。

「サンチンができていませんねー」といわれました。

正直、カチンときました。

こいつスパーリングで
ボコボコにしてやろうか、と
思いました(笑)。

そして、
宇城憲治師範のいう相手の力を「ゼロ化」する話などを
得意げに話すのです。

そこで、僕が考えたこと。

宇城憲治師範は確かにすごい。

極真の数見肇選手や岩崎達也選手も

大道塾の藤松泰道選手も

柔道の井上康生選手も

宇城憲治師範に指導を受け、

大きな影響を受けています。

でも、僕は、宇城憲治師範の本を何冊も目を通し、
理論は分かるのですが、とても一朝一夕に
はできないし、もしかしたら一生できないかもしれない。

簡単そうで、実は、相当難しい。

僕は、武術をはじめとする
様々な技術やノウハウは
再現性がないといけないと思うのです。

もしかしたら宇城憲治師範だけが
できる技術なのかもしれません。

はっきりいって、
今は宇城憲治先生の空手はブームなのだと思います。

そういえば、以前、
正道会館が常勝軍団と言われ
他流を荒らしまわっていた頃も
現在と状況が似ていたように思います。

完全に理論化され
誰でもが強くなれる技術体系に

空手家たちはこぞって、
正道会館流の闘い方に
なびいていた気がします。

誰もがレバー打ちをして、
鎖骨打ちのパンチを出していました。

今も、僕は正道会館の闘い方は合理的だと思いますし、
素晴らしいと思っています。

それより前は
極真の城西支部の
徹底的にウェイトトレーニングをした
マッチョな体で闘う
アスリート空手が流行しました。

全日本クラスの選手たちは
徹底的にウェイトをやって、
オリンピック選手顔負けの体力を誇っていたのです。

宇城憲治師範は、
もしかしたら、
柔術の佐川幸義師範並みの
技量なのかもしれません。

歴史に残る空手家かもしれません。

だからといって、
宇城憲治師範以外の空手は
すべてダメなのかというと
そうではないでしょう。

フルコン空手のような
即効性のある空手は
本当に強いと思いますし、
世の中に必要とされていると思うのです。

ケンカに強くなりたい中高生が、
宇城憲治流に
20年も30年もかけて強くなったとしても、
それでは、遅いのです。

僕は空手は、中高生が習ったら、
ケンカにも強くなるし、
体力もつくし、自信をもって、
毎日を送ることができると考えます。

社会体育として、空手は
素晴らしいと思います。

宇城憲治師範だって、大学空手部で
散々、スポーツ的な空手をやった下地が
あったからこそ、今の境地にたどり着くことが
できたのかもしれないのです。

実際の殴り合いを経験せずに
宇城憲治師範から理論だけを学ぼうとする現在の
風潮に、ちょっと待った!をかけたいな、と
思ったのでした。

あなたは、どう思いますか?
posted by そうたろう at 23:03| Comment(18) | TrackBack(0) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月01日

一撃必殺の技を求めて


松田隆智

という名前を聞いて
ピンとくる人がいたら、
かなり中国武術通ですね。

中国武術研究家で、
日本の中国武術界に
大きな影響を与えた人です。

1938年生まれの方なので
もういい年齢なのですが、
武道歴がすごいです。

幼少の頃から武道修行を開始。

空手は伝統派をはじめ
大山倍達の元で稽古もしていて、
極真の有段者名簿にも三段として
掲載されていました。

日本全国の古武術を学んであるき、
中国武術と出会います。

陳式太極拳、蟷螂拳、八極拳、翻子拳などを学び
著書多数。

詳しくは、↓の本をご覧ください。

松田隆智の拳遊記―最強の拳技を求めて、中国武術の世界をゆく
松田 隆智
BABジャパン出版局 (2005/12)
売り上げランキング: 173275


「ひらけ!ポンキッキ」でカンフー・レディを発表し、
太極拳ブームを巻き起こしたのも松田隆智。

少年サンデーに『拳児』を連載して
中国武術を広く紹介したことでも知られています。

武田鉄矢主演の映画『刑事物語』はご存知ですか。
武田鉄矢に蟷螂拳を教えてのは松田隆です。

実際の強さはどれほどなのか分かりませんが、
日本の中国武術の底辺を広げたことは確かです。

僕は、この人の著書『謎の拳法を求めて』(新人物往来社 現在は絶版)を
中学時代に読み、空手の世界に入りました。

本当は、カンフーをやりたかったんですけど、
身近にカンフーを教えてくれる道場はありませんでしたし、
どうせやるならフルコンタクト空手だと
考え、稽古をはじめたのです。

現役選手を引退した今、
本当にやりたかったのは、
松田隆智が行った
「謎の拳法を求めて」の旅。

僕も松田隆智のように
世界中の武術を学んで
世界中の人と交流してみたいです。

松田隆智のように最強の武術を求めて
さまざまな武術を学んでいる人に
光岡英稔がいます。

詳しくは甲野善紀との対談集『武学探究』をご覧ください。

ワクワクしてきますよ。


→→松田隆智の著作一覧はこちら


(以上、敬省略)
posted by そうたろう at 21:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月04日

道場稽古に満足してますか?

道場稽古に満足してますか?

特に、黒帯を取って以後、
あなたは道場から何を学びましたか?

きっと、スパーリングや組手を通して、
コツみたいなものをつかんだことは
何度もあるでしょう。

けれども、
指導者が一人で
道場生が多数という
セミナー形式の稽古では
何を学ぶことができたのでしょうか?

初心者の頃は、
本当に多くのことを
道場稽古から学べた気がします。

空手は、日本本土に伝わるまでは
師と弟子のマンツーマン稽古が
主でした。

しかも型をひたすら繰り返し、
欠点を師が直していく、というスタイル。

多分、本当の術としての
技は、一人稽古、もしくは
先生と生徒とのマンツーマンの稽古の中でしか
つかめないものなのかもしれないなと
最近、考えるようになりました。

現在の
指導者が号令を掛けて、
基本、移動、型、組手というスタイルが
確立したのは、昭和以後の
大学空手部においてだといわれています。

まだ、現在の稽古方式は、
長い武術の歴史の中では、
浅いのです。

今は、フルコンタクト道場において
すっかり定着してしまった稽古スタイルですが、
本当に、このやり方でいいのでしょうか?

ベターかもしれませんが、
ベストではないと思うのです。

多数の人間を一度に指導するには
効率の良い方法ではあると思います。

でも、
本当に強い弟子を育てる、
技が優れた選手を育てる、
体の使いかたが上手な生徒を育てるには
他に方法があるのではないでしょうか。

これから僕ら
黒帯をはじめとする指導員たちは
稽古スタイルについて、
考えていかなければならない時期にきているのではないでしょうか?
タグ:道場 空手 稽古
posted by そうたろう at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月31日

フルコンタクト空手ってなんなんだろう?

武術を活かす』は、もうご覧になりましたか?

極真を代表する選手であった岩崎達也、数見肇は、
極真空手を完全に否定してしまいましたね。

極真のスターであった二人は、
宇城憲治の弟子になっているのです。

数見肇は、
武術を活かす』のp50で、

もちろん(宇城憲治の)技でも制圧されるのですが、
気、雰囲気、気迫で手がでない。無力化されてしまう。
そういうまだまだ深い世界があるんだということを知り、
ものすごい衝撃を受けました。
今まで自分がやってきたのはいったい何だったんだろうと。


僕は、正直、ショックでした。

フルコン空手をやってきた
僕らは、数見、岩崎といえば、
雲の上の人です。

その彼らが、彼ら自身の技を否定してしまった。

我々がやってきた技術はなんだったのだろうか?

フルコンの技術とフルコンタクト空手とは何なのか
考えるきっかけになる本だと思います。

ぜひ、お読みになることをおすすめします。
posted by そうたろう at 07:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月27日

『大山倍達正伝』はやっぱり読むべき

大山倍達正伝』は
フルコンタクト空手家なら、
やっぱり読んでおくべき本だと思います。

僕は書店勤務してますし、
武道関係の本のコレクションは
かなりのものだと自負しております。

そんな中でも
この『大山倍達正伝』は、
調査をよくしてありますし、事実の裏を取る作業をしっかりやっているので、すべてが真実だとはいいませんが、
かなりしっかりした本です。

武道関係の本の中では、かなりまともですし、
大山倍達を語る本では、この本のレベルを超えられるものは
しばらく出版されることはないでしょう。

大山倍達の映像をご覧ください。


さて、
内容について、少し書いてみます。

本当に
空手バカ一代』で描かれたことはほとんどが虚構であることがわかります。

まぁ、僕などはアホだったので、
すべて真実だと思ってましたけど(笑)。

戦後初の空手道選手権大会で優勝ということになっていますが、これはウソのようです。

大山倍達の経歴に1947年の第一回空手道選手権大会優勝などとかかれていますけど。

空手ルールが確立されたのが1950年代半ばだそうですから
、早すぎます(笑)。

ただこの年に体育奨励会主催で
「柔道、空手、重量挙げ、器械体操の体育大会」があり、
大山は出場し、演武をしただけです。
約束組手をやったみたいですね。
当然勝ち負けもなく出場しただけ(笑)。オイオイ!ですね。

また、大山は拓殖大学卒とありますが、拓殖大学から正式に
「在籍した記録がない」と断言されたようです。

大山の山篭りは有名ですが、眉毛をそったりして一人で修行したのもウソだそうです。

大山は長期間にわたる山篭りをおこなってはいない。
大山倍達正伝』(p390)
どうやら在日朝鮮建国促進青年同盟の青年たちを伴って合宿の
ようなことをしたことを一人で山篭りした、と言い換えたのが
真実のようです。

このほか、アメリカでのプロレスラーとの対決など、
彼の伝説をこれでもか!と暴いています。

私には、大山が七十歳を越えた頃から、過去、自ら反省を掛け
て作り上げてきた「大山倍達伝説」の主人公を演じつづけるの
に疲れ果てていたような気がしてならない。『大山倍達正伝』(p583


全編を通して、著者小島一志の「大山倍達への愛」を感じるので、読後感は悪くありません。

ただし、「俺、いままで虚構の大山倍達を信じて
何をやってきたんだろう」というショックは受けるかと思います。

親指腕立て伏せが出来るようになれば、
10円玉を指で曲げることができると
いわれれば、本気で親指腕立てふせをやった
日々が懐かしいです(笑)。

結局、親指で指立て伏せは出来るようになりましたが
10円玉は曲げられませんでしたね(笑)。

ショックは受けるかもしれませんが
事実は事実として知っておくべきですし、
今後の空手の流れを見るためにも
必読書といっていいと思います。


posted by そうたろう at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 空手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする